倒錯傾蒙 その3
3/7の12:00に少し追加してます。
◇
受容、変換、伝導、認識。
単なる電気信号のシークエンス。
だけどそこには確かに『己』があった。
でもそれを実感できるのは強い刺激があるときだけだ。
だから求めた。より強い、鮮烈な刺激を。
痛みという電気信号が走るたびに、自分がここで生きているということを実感させられる。その瞬間がたまらなく心地いい。
この身は居場所を探してる。自分が痛みを味わえる正当な理由。
誰かを守る英雄。そういう自分であれば、正しさの中での行動であれば、その行いは善となる。
傷付いてる人を見つけたら助けましょう。
苦しんでる人を見つけたら手を差し伸べましょう。
それは正しい。奴隷のように正しさに付き従っていれば、自分は善い人間としてそこに居られる。
そうだ————僕は、そういう男であったのだ。
良くあるベタな、夢による内省。
だがこうやって夢に出てくるということは、それほどに僕自身が美佳やトリープから聞いた言葉を意識しているからなんだろう。
だがアレが答えだ。このことを目が覚めたときどこまで覚えているかはわからない。
意味はない。どうせ、覚えていてもいなくてもすべきことは変わらない。
僕は傷付くために、善き行いをする。
◇
隠し通路を抜けた先も変わり映えのない部屋が続いていた。
扉を破壊して怪異を祓う。同じようなことを繰り返していたが、その部屋は少し変わっていた。
ぽつん、と天井に強い照明が一つ。それ以外は何もない部屋だ。
「行き止まり……? いやこれは……わざわざ迎えに来てくれたということか」
吹き沸く瘴気が人型を成し、シャルディーンが姿を現す。
「単身で我が城塞に乗り込んでくるとは……自らの危険を顧みぬ蛮勇か、はたまた勝算あってのものか……」
「勝算? それはこっちの台詞だろう。おまえの魔術は伝統的で実にわかりやすいものだ。こちらが対策を取れてないとでも?」
「ほう、吠えたな。だが代々受け継がれてきたのにはそれなりの理由があるのだ。その読みの甘さを後悔するがいい」
ぶつかる視線は衝撃波を放つように気迫を示した。
臨戦体勢——『複印影片輝』で召喚した二体の黒犬に対して相手の武装は『照応天球』による天体照応魔術。
お互い中遠距離での戦闘を得意とするスタイルであった。
そして一歩、前に歩み出すと——、
「…………ッ⁈」
女魔術師は危機を察知した。正面からではなく、背後から——。
(当然想定内の行動だ……相手の根城であれば周到に罠を張っていることは……だが、魔力の起こりが直前まで感じ取れなかった……なぜだ?)
こちらへの警戒が薄れた瞬間をシャルディーンは見逃さない。
「黄道の二番、六連星への追翔ッ!」
眼前に迫るのは『金星』を暗示する桃色の球体。背後からは超新星が如き輝きを放つ魔力の炸裂。
不可避の挟撃に打つ手なし————そう思われたが。
「なにっ⁈ 軌道が……」
赤銅色の髪を掠めて金星の照応天球は旋回した。目標は八敷先生の顔面から使い魔の黒犬へ。
桃球は黒犬の側頭部を貫通してシャルディーンのもとへ戻る。
「金星球の対象を使い魔に転嫁させたのか、面白い!」
爆風を受け流しつつ、八敷先生はシャルディーンを視界に捉え、もう一体の黒犬を差し向ける。
黒犬と魔術師の輪舞。公転さながらに照応天球を廻して黒犬を振り解こうとした。
そして、回転は守勢から攻勢へシームレスに繋がる。
「後ろかっ!」
振り向きざまにバックステップ——しかし、シャルディーンの方が早い…………‼︎
「取ったッ!」
覆い被さるように八敷意に影が落ちる——しかし彼女はこの状況で不敵な笑みを浮かべた。




