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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第4章 痾裡栖─アリス
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#3 第2節

 撒き散らす鮮血。赤き竜の前にあっては返り血は全く目立たなかった。幸斗の視界が黒く暗転する。

 遅れて気付いた薫と美佳が竜に反撃しようとするも——、

 

「し、死んでる……?」

 

 竜は既に息絶えていた。

 深々と幸斗の脇腹に食い込んだ牙を外しながら美佳は顔を曇らせる。

 

「何してんのよ……アンタ……‼︎」

 

 幸斗を横たわらせたまま、今までにない形相で声をかける。

 だが幸斗は痛みのショックで気を失っていた。

 それどころか、この出血量では命の危機に瀕する可能性もあった。

 

「ええと、救急車……救急車……!」

 

「意味ないわよ。この傷じゃあ間に合わないし、神秘の力で付けられた傷は同じ神秘でなきゃ治せない」

 

「じゃあ美佳が……」

 

「残念だけどウチに完治させられるほどの力はないわ。とりあえず応急処置をしておいたけどしっかりとした処置は先生に…………うそ」

 

 美佳が目を丸くした。否、その瞳から表れる感情は驚きよりも恐怖に近しいものだった。

 

「くっ……ん……痛かったな。……ああ、美佳。無事だったんだな。良かった」

 

 まるで何事もなかったかのように穏やかな瞳で微笑みかける幸斗がそこにいた。

 事実、彼の身体は傷ひとつなく再生しており、血液が大量に失われたとは思えないほどの発色の良い肌をしていた。

 

「アンタ、自分の身に何が起きたのかわかってないの?」

 

 その問いかけにきょとんとしながら首を傾げる幸斗。彼は自分の身に起きたことを理解しているのだろうか。

 

「何がって……この傷のことだろ? お前が助けてくれたんじゃないのか?」

 

「そんなわけないでしょ。むしろ助けられたのはこっちの方。アレ、なんのつもり?」

 

「だってそうでもしないと助けられなかったんだから、仕方ないじゃないか」

 

 その回答に美佳は酷く呆れたように、或いは苛立ちすら覚えているようにため息を吐いた。

 

「…………やっぱりアンタ、変よ」

 

「は、どこが」

 

「だって魔術師でもなんでもない、普通の家の出の人間が怪異相手にその身を削って戦おうなんて、できるわけないもの」

 

 思考のズレ。

 思えば幸斗は普段から自身が傷つくことを顧みない行動をしていた。

 

「僕のときもそうだったよね。僕の攻撃を受けて骨だって折れてただろうに、立ち向かってきた。アドレナリンで痛覚が麻痺してたじゃ説明がつかないよ」

 

 四月の初めに織本薫と対峙した幸斗は、怪異の風による攻撃を受け、吹き飛ばされても——血を吐き出しても尚進み続けた。

 

「アレはお前を助けたかったからで……別に、助けたい者を助けるために頑張るのは普通のことだろう?」

 

「それにだって限度があるってのよ! 普通の人間は自分が死にそうになるまで他人のために動かない。それができるのはそこまでの理由がなきゃあってはならないのよ!」

 

「理由だったら今言ったじゃないか——」

 

 そう言い切るその前に、

 

「違うわよッ! ——そんなものが命を賭けるほどの理由になんて、なるわけがないのよ! アンタはあのとき逃げるべきだった。まだ力に目覚めていない状態のアンタが、超常的な現象にあって真っ先に脳裏に浮かぶのは恐怖からの逃避であるべきなのよ! なのにアンタは立ち向かった。そうでしょう?」

 

 美佳の額が重く圧をかけてくるように幸斗へ詰め寄る。

 

「……そうだよ。なにか、悪いか……よ」

 

 その剣幕に押されて、幸斗は歯切れの悪い応答で顔を俯かせた。

 

「ええ悪いわ。こっちの身にもなれば、アンタは()()()()()()()()()()()()ようにしか見えないもの」

 

 櫛見幸斗という人間が持つ違和感——普通の人間とはどこかズレている感性。

 

「言ってることがわからない。みんな苦しんでる人間を見たら助けようと思うだろ? そうやって支え合っていくものじゃないのか」

 

「櫛見くん……それは」

 

 薫が怪異の力で人を傷つけていたときに幸斗は似たようなことを言っていた。

 だが幸斗自身がそこまでに支えられたことはあるのだろうか。

 

 ——助け合いの天秤が崩れている。

 

 そう指摘するべきだが、言葉にはできなかった。

 彼にそれを言ったところで自覚できまい。そもそもあの時点での幸斗に薫から助けられたことはない。あの行為は助け合いではなく一方的な救済であり、彼の考えは歪みだらけだった。

 

「……なあ、もういいだろ。僕は無事だったんだし、美佳も無事で済んだ。それでよかったじゃないか」

 

 腹立たしげに美佳は眉を顰めるが、これ以上の追求が無駄だということは彼女わかっていたので渋々うなづいた。

 

「まあいいわ。そこら辺の話はまた今度……流石に次のゴーレムが現れる頃だろうし。でも一つだけ言わせて。次からは無茶しないように」

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