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Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第1章 檻神─オリガミ
6/27

#1 第4節

4/

 

 胸に燻るのは不安と期待。一歩一歩歩くたびにその思いは積み重なっていく。

 

 やっぱり来なければよかった。——そう思ってしまうけど、ここまで来たなら仕方がない。あとは野となれ山となれ、だ。

 ドアの目の前に着いて、一呼吸置く。がららら、と耳障りな音を立てると一斉に周囲の視線がこちらへ向かう。

 いつもはこの瞬間が嫌いだったので早めに行くことにしていたが、案外このプレッシャーも悪くないものだな、と感じることができた。

 

 あの日から一週間経った今、僕————織本薫は『やり直し』を進めている。一度ゼロになってしまったものを、人並みに合わせていくことは難しい。

 ──だけどそれはできないということじゃない。

 

「おはよう」

 

 その声掛けに──

 

「おはよう」

 

 ──と返す。

 

 そんな単純なところからスタート。でも、その一歩は重く、大きい。

 

 以前杉田先生や花岡くんに声をかけられた時はその言葉は出なかった。

 今思えば彼らはとてつもない大きな善意で僕を迎えてくれたと思う。

 でも僕はその善意を受け止められず、恐怖した。

 だから彼らを攻撃してしまった。

 そんな僕にもやり直せると言ってくれた彼──櫛見くんも僕に善意を以って接してくれた。

 

『傷つくことを恐れるな、傷つけることを恐れるな』

 

 人は脆く、痛がりだ。だからこそ人は共感し、支え合う。そうして今の社会を築き上げたのだ。

 

 傷ついた分だけ強くなれるというのは詭弁だと僕は思う。だけど傷の痛みは傷ついた人間にしかわからない。

 だから何もわからないままで心を閉ざしてしまったあの時の僕のままでは、誰かを傷つける罪深さを自覚できないでいた。

 

 多分、櫛見幸斗は沢山傷ついた人間なんだと思う。

 

 だから彼はそんなことが言えたし、自分が傷つくことを承知で救ってくれたのだと思う。

 

 だったら、僕だって変わらなくちゃな。

 

 そう思い至ったら吉日、ちょうど目の前には花岡くんがいた。

 多分彼にこのことを説明して謝ろうとしても、理解されないだろう。

 ──だったらせめて、ここに誓わなければならない。

 

「おはよう」

 

 と声を掛け──

 

「おはよう」

 

 ──という返事を聞く。

 

 そんな些細な一歩から、友情は紡がれる。

 

 傷つくことを受け入れよう。

 傷つけることを受け入れよう。

 

 これからまた誰かと喧嘩をするかもしれない。もしかしたら、そこから疎遠になるかもしれない。

 だけどそれでいいのだ。それで全てが終わるわけじゃない。

 それは相手だって同様だ。合わないと思ったら遠ざければ良い。

 でも初めから何もしなければ、それ以上に得られるはずのかけがえのない出会いを失ってしまう。

 そうした貴重な経験を経なければ僕らは大人になれないのだ。

 それが、僕らに許された『モラトリアム』の意義だと思う。

 

 

   ◇

 

 

 昼休み、目の前に誰かがいる食事。何気ない会話が一日を彩る。

 何年と忘れていた感触だ。今僕の目の前には花岡くんがいて、その隣に櫛見くんがいる。


「本当に無事に戻ってこれて良かったよ」


 櫛見くんが花岡くんに声をかける。原因は僕にあるものだけど、僕の中に巣食っていた怪異のことを他言してはならないと八敷先生に伝えられた。

 そんな隠し事をしていて、彼と本当に仲良くなることができるのだろうか。以前の僕ならできるはずがないと答えていただろう。でも櫛見くんが答えてくれた。


『隠し事一つない友情なんて存在しない。──折り合いをつけて生きることが大切なんだ』


 だったら、今ここにいる僕は彼らの友達で、あのときの僕とは違うものだと、そう生まれ変わることができるはずだ。

 

 二人との会話が続く。なんて事のない学校生活の話から今は趣味の話まで繋がった。僕はロボットアニメが好きなのだが、二人も話が合うようだった。

 

「じゃあ今度映画行こうぜ。三人でさ」


そう切り出したのは花岡くんだった。


「いいね、行こう」


 現在上映中のロボットアニメの映画、僕はすでに観ていたのだが、その感想を伝え合う相手がいなかった。彼らが観てくれるというのなら、僕としてはこの上ない喜びだった。


「ああそれ、ネットで話題になってたから観てみたいと思ってたんだよ。でもそれ結構シリーズ長いだろ? だから一から観ないと内容わかんないかなーっと思って敬遠してたんだけど、いけるかな?」


 櫛見くんは初見さんか……これは是非沼に沈めてやりたい。


「シリーズと言ってもこれは本編とは分離した作品だから、初見でも大丈夫だよ」


「そうか、じゃあいこうかな」


 やった。コレは彼の感想が楽しみだ。

「よし、じゃあ今週の土曜日空いてるか? その日の昼過ぎ集合にしようと思うが」


「ああ、それでいい」


 僕らは頷いた。わくわくで興奮が止まらない。

 下校時刻になっても興奮は鎮まらず、なかなか寝ることができなかった。

 

 

   ◇

 

 

 映画館に着いた。待ち合わせ場所はここのはずだが、どうやら僕が1番乗りのようだ。

 それから程なくして、おーい、という声が聞こえた。

 奥から花岡くんと櫛見くんが現れた。


「おお、揃ったな。わりぃな、ちょっと遅れちまって」


 全然いいよ、と僕は返す。

 そのまま映画館の中に入り、チケットの購入とドリンク、ポップコーンの購入を済ませた。

 

 劇場に入る。まだ照明がついていて明るい。スクリーンからの音声や周囲の話し声などで賑やかだった。

 しばらくすると照明が消え、全体が一気に静まる。僕はこの瞬間がすごく好きだ。テレビやスマホでは味わえない独特の没入感がある。

 どぉん、と響く音が現実を非現実に塗り替えていく。

 熾烈な争いが繰り広げられ、爆発の連続が続く。序盤から激しい戦闘だった。宇宙空間という舞台設定をうまく活かした立体的なアクションが僕らを魅了した。

 物語も佳境に入り、鮮烈なドラマシーンに入る。主人公とヒロインとの恋。敵の総帥が語る信念。味方が抱く不安感。そのどれもがこの物語の魅力を引き立てていた。

 

 上映がひと通り終わった。いつ見てもアレは傑作だった。だが前回見た以上にそれは満足感があった。

 それぞれが感想を言い合う。


「うん、初めて見たけどすごく面白い。特に敵たちが魅力的だったね」


「そうそう! だから主人公たちとの信念のぶつかり合いが燃えるし、それを圧倒的神作画のアクションで際立たせてるよね!」

 

 楽しい————

 

 最後にこんな気持ちになったのはいつだっただろうか。

 会話が止まらない。今まで嫌で仕方なかった他人との関わりが、こんなにも尊く思えるなんて。

 二人が笑顔で話すと、僕にも笑顔が移る。

 そんな周りには当たり前の休日が、初めて得られたのだ。

 

「じゃあオレはこっち側だから」


 帰る途中、花岡くんが離脱し、櫛見くんと二人きりになった。


「あのさ」


 僕は問いかける。


「どうした?」


「……どうして、僕を助けようと思ったんだ?」


 あのときの僕は敵だった。敵ならば倒すことか、逃げることを考えるはずだ。


「……わからない。ただ君の顔を見ていたら、助けなくちゃいけないなと感じただけだ」


 その答えを僕は薄々勘付いていた。彼はそういうことを言う人間だと。その理由はわからない。だが——彼の心の奥には()()がある。そういう確信があった。

 そっか、と呟く。

 しばらく無言で歩いていたが、ついに別れる時が来た。


「僕はここで曲がるから、そんじゃまた明日!」


「うん、また明日」


 そう言って、僕は彼と別れ、家に帰っていった。

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