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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第4章 痾裡栖─アリス
54/57

#1 第1節

1/

 

「みんな揃ったな。それじゃあ今後の方針について話そう」

 

 コーヒーの香りが染み付いたこの部屋は我ら文化研究部の部室であった。

 テーブルを囲って顔を合わせているのは、顧問である八敷先生と、部員である美佳、荒志郎に僕こと櫛見幸斗だけではない。

 

「僕たちが出会ったあの男……シャルディーンでしたっけ? 彼の捜索が第一だと思います」

 

「悪いが、オレは妹の方を優先させてもらうぜ。そしてそれには先生も同行してもらう。それが約束だったからな」

 

 織本薫と梁山浄先輩の二人も協力者としてこの部屋に集まっていた。

 

「ああ、その件については承知している。————では二手に分かれてみようか。私と浄ともう一人の三人チームが病院へ向かい、残りの三人がシャルディーンを追う…………なので四人の中から一人、こちらに付くメンバーを決めてほしい」

 

「そういうことであれば、ワタシが行きましょう」

 

 名乗り出たのは荒志郎だった。

 

「そうか、ありがたい。では残りの三人にはシャルディーンを追ってもらうことになるが……それで問題はないか」

 

「僕は問題ありません」

 

 そう言いつつ美佳と薫の方を脇目に見る。そのどちらもが責任感に満ちた輝きを瞳から放っていた。

 

「こちらからも問題はありません」

 

「僕も同じくです」

 

 全員の確認を取ると八敷先生は深く頷いて指示を出した。

 

「よし、では今日の今から始めるとしよう。何かがあったらお互い連絡を取るように」

 

 

  ◇

 

 

 梁山浄の妹——河奈(かな)は江峰市内で一番大きな病院の一室で外の街を眺めていた。

 一体どれほどの数の車がこの病院の前を通ったのだろうか。数えてみようと思ったこともあったが、数えるほどに虚しさが胸を突き刺してきたので百を超えたところでやめてしまった。

 すでにこの窓を眺め続けて三ヶ月以上経っていた。

 

 正体不明の病——原因もわからず、ただ病状だけが深刻になっていく。

 しかもさらに奇妙なことに、彼女と同じ症状の者が同じ時期に少なくない数出ているという。

 医者たちはウイルスや菌による発病と考え、早急に病原体の発見を進めているが一向に見つかる気配はない。

 

 ——それもそのはずだ。なぜならば、これは怪異によるものなのだから。

 

  ◇

 

 

 彼女の兄である梁山浄は八敷先生と荒志郎を連れて病室へと向かった。

 

「あれ、お兄ちゃんだ。久しぶりだね。…………後ろにいるのはどなた?」

 

「オレんとこの先生と後輩だ。一緒にお見舞いに来てくれた」

 

 そう言って浄が顎をしゃくると、荒志郎たちはそれぞれ河奈に向けて挨拶をした。

 

「そんでこれがお見舞いの品だ」


 ビニール袋から赤いシルエットが現れる——カットされたリンゴだった。

 

「わあ、くれるの? ありがとう!」

 

 同梱の爪楊枝を赤い外皮に突き刺して一口で放り込む。

 もとから笑顔を振りまいていた彼女であったが、このときには一層溌剌とした笑みを見せていた。

 

「それで……ここからどのようにして怪異を探し当てるのでしょうかね?」

 

 荒志郎が小声で八敷先生に尋ねた。

 

「既に私も手を打っていてな。とりあえずここには怪異の反応があるのは確かだった。だが具体的な位置が掴みにくい。彼女を含めた怪異による病に罹った患者を調べるのが早いとは思うが…………」

 

 コソコソと後ろで話し合う二人。

 

「久しぶりの再会なんだ。少しくらい気を緩ませてあげよう」

 

 それもそうですね、と返す荒志郎。二人はじっと静かに佇んで、兄妹の邪魔をしないように努めた。

 

「それでね、お兄ちゃん。この前見た夢の話をしてもいい?」

 

 途端に河奈の目の前の浄が眉を動かした。

 同じくして後ろの二人も彼女の声に顔を向けた。

 

「……いいぜ、何を見たんだ?」

 

 浄が彼女の語りを促す。

 夢とはつまり深層心理の具現。であればそこに怪異に関する情報が潜んでいるかもしれない。

 

「えっとね、いつだったっけなぁ……ちょっと前のコトなんだけど、県外の水族館行ったでしょ? あそこで見たジンベエザメがね、話しかけてきたの」

 

「そりゃあ、どんな風に?」

 

「えっと、たしか……『願いごとはなんでしたか』だったかな?」

 

 奇妙な問いかけに一同は首を傾げる。願いを聞く問いかけ自体は祈現怪異に憑かれた者がよく聞く言葉ではある。しかし過去形で質問してくるところにどこか引っかかる感触を覚えた。

 

 その意図は何か。すでに願いとして機能しない願い。過去に残された望郷の香り。或いは再起による悔恨の累積か。

 

「でしたか——というところが気になるが、それに君はどう答えたんだ?」

 

「んーと、なんて答えたんだっけ。ああそうだ、小さい時の将来の夢について話したんだ。それで、その将来の夢って言うのがパン屋さんだったの」

 

 どこか他人事のような口振りで河奈は先生の問いに答えた。

 その心境は如何なるものか。おそらくはすでに願ってもいない夢のことなど、他人のことのように感じられるからではないか。

 

「ふむ、その後はどうなった?」

 

「その後? あんまりちゃんと覚えてないけど……なんか知らない人の声が聞こえたかな。『なぜ手放したんだい?』だとか言ってたような気がする……髪が白くて、目が宇宙みたいに綺麗な人だったな」

 

 その特徴はあの魔術師、シャルディーンの特徴と合致する。

 やはり近頃頻発する強力な祈現怪異の発生には彼が関与しているのだろうか——。

 

「やっぱり、アイツが……」

 

 浄が歯を食いしばりながら、敵意を露わにするが、そこに八敷先生が割って入ってきて、さらに質問を重ねた。

 何故奴が夢の中に現れたのだろうか。魔術師であれば他者の夢に介入することは容易ではあるが、その動機が不明だ。

 

「であればもう少し情報を精査する必要があるな。——河奈、その日以降で、何か異変はなかったか?」

 

「うん、あったあった。その日から急に患者さんが増えたんだ。私と同じ、原因不明の感染症に」

 

「ふむ、だが関連性が掴めぬな。何を引き起こした?」

 

 顎に手を当て、ぶつぶつと独り言のように思考を言葉にしていった。

 依然として目的が不明なシャルディーンの行動に様々な思考を巡らす。

 

 魔術師とは目的のために研究を行う存在だ。この地に赴いたのはそれだけの理由があるものだろう。

 この地にある霊脈——それが現在乱れている。だがその程度でわざわざ遠くからやってくるとは到底思えない。もっと世界を揺るがしかねないなにかがこの地に潜んでいることを彼は知っているのだろうか。

 

「あと奴は幸斗と契約した怪異について興味を示していた。奴はアレのどこまでを知っている? ……点と点が上手く繋がらないな」

 

 再び思案し、空間が静寂に包まれる。だがそれも長くは続かない。

 

 ——ガラスが割れる音に一同は視線を集められた。

 

「——ッ⁈」

 

「……テメェ」

 

 噂をすれば影、と言うやつだろうか。そこにいるのはシャルディーンだった。

 

「あの怪物(モンストル)は要石だ」

 

 侵入した際に割ったガラスをルーンで修復しながら男は語る。

 

「アレが霊脈を歪ませ、人より出でる呪詛を強めている元凶。だがどういうわけか、せっかく自由の身であった奴は自らを一人の男に封じ込めた。私は困るのだよ。アレがこの神秘薄き現代で何を為すのか観察できないのだからね」

 

 震え上がる妹を庇うようにしながら、浄は魔術師に問う。

 

「だったら河奈に干渉したのはなんだ。コイツはその一連に関係ねェじゃねーかよ」

 

「いやいや、関係はあるとも。何故なら彼女は『アレ』がもたらした霊脈の影響を受けているのだからね。もちろんそれも観察対象だ」

 

 文研部の者たちは総じて臨戦態勢に移っていた。しかしここは狭すぎる。

 

「そんな物騒に魔力を滾らせないでくれたまえ。ここで戦うつもりは毛頭ない。此度は経過観察に来たのだよ……この様子だともう頃合いか」

 

「んだと……⁈」

 

 その言葉の意味を問いただす間も無く、その異変は起きた。

 窓から光が消えたというほんの少しの違和感。だがその直後、膨大な魔力の反応が上空に現れ、その正体に一同は戦慄した。

 

「なんつーデカさだアレ……」

 

 空に浮かんでいるのは巨大な魚影だった。

 

「あ……ああ…………」

 

「何も怖気付く必要はないだろう、君がいつも見てきた光景なのだから。ただ()()()()()()()()()()()じゃないか」

 

 河奈の視線の先——魚影の正体は夢で見たジンベエザメだった。

 

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― 新着の感想 ―
ついにと言うかやっとここまで読みました。 五十四話って中でもかなり展開が進んでて前読んだ時の記憶頼りが通用しなかったので一から読み直しました! やっぱいいっすね八敷先生!!!! 特にハロウィン回はこ…
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