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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第3章 華隷彌─カレイド
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#11 第3節

  ◇

  

 望月美那萌は人形だった。

 ただそこにいるだけで良かったモノ。

 彼女に意思は必要なく、各人は器に勝手な妄想を注ぐだけだった。

 だがそれにも限界があった。人々の望むままに振る舞い続けても、結局は人であったのだから。

 思い通りにならない人形は、ガラクタだ。

 壊れたオモチャは、用済みだ。

 なので捨てられた。何度も、何度も、拾っては捨てられてを繰り返し、その度に今度こそはと希望を見出す。

 ————でも、美那萌(わたし)は怪異と出逢った。

 生まれ変わって、美那萌(わたし)カレイド(アタシ)の力で()()()らしく、生きたい。それが()()()の望み——今まで捨ててきた全ての者に対する報復だった。

 

  ◇

 

 膝から崩れ落ちる美那萌、決着の証だった。

 精気を失った虚ろな目で祈るように——縋るように空を見上げる。

 

「——うそ。負けたの……アタシ?」

 

 見開いた目から涙が頬を伝って、ぽたり——と落ちる。

 

「さて、それじゃあ——その怪異、封印させてもらうわよ」

 

 美那萌の前で美佳は同情する素振りも見せず、毅然と見下ろした。

 

「——え? 待って、むり。そんなことされたら、もどれない! アタシにはアレがないとダメなの! みんなアタシのことを捨てるんだから!」

 

 金切るような叫びに美佳は眉を寄せた。

 そして右手を振り上げ————。

 

「こんのっ……! ふざけんじゃないわよッ!」

 

 ————ぱちん。

 

 美那萌の右頬が赤く染まった。

 振り抜かれた美佳の右手。叩かれた本人は放心して理解を拒んでいる。

 

「甘えるな……ッ! そんなモンで、楽していこうだなんて間違ってるのよ……‼︎

 ————良い? 力を持つことには責任が必要なの。アンタが私利私欲のために使って良いものじゃない。

 ウチにはウチの、アンタにはアンタの役割がある。アンタが今までどう生きてきたかなんて知らない。怪異と出会ってどう道を踏み誤ったかも興味ない。

 ——だけどね、今のアンタが間違えてることだけは事実。だってアンタ、自立できてないんだもの。都合良く守られていようなんて、甘すぎて虫酸が走るわ」

 

 美佳の言葉には溢れんばかりに怒気が混ざり、ところどころで荒々しい息継ぎを見せていた。

 その誠意が美那萌に伝わっているかどうかはまだわからないが、彼女の目元は涙で赤く腫れていた。

 

「だったら……どうしたらよかったって言うの?」

 

「そんなのは知らないし答えたって意味がない。——でもこれからどうしたら良いのかはわかるわ」

 

 キリッとした鋭い目つきが和らぎ、少し屈んだ美佳は美那萌へ手を差し伸べた。

 

「その力は、良いことに使いなさい。守られるためじゃなく、守るために。それが力を持った者の責任よ」

 

「アタシ……今からでも、やり直せる?」

 

 溢れ出てきた涙が、美那萌の心にへばりついていたドロを洗い流していく。


 そうだ——今からでも遅くない。みんな誰だって過ちは犯す。

 ここにいる薫だってそうだった。人にはやり直せるチャンスが与えられる。生きている者には誰だって選ぶ義務があり、権利がある。

 だから——。

 

「もちろん、でき——」

 

「————いいや、できないね。貴殿はここでお終いなのだから」

 

 美佳の声を遮って告げられた唐突な死の宣告。

 ここにいる誰もが、その真意を即座に知ることはできなかった。

 

「————え?」

 

 それが美那萌の最期の言葉だった。

 

 歪み、捻れ、潰れる——。

 

 ————紙を丸め潰したみたいな音で折れたのは、美那萌の骨だった。

 ————果実を押し潰したような勢いで飛び散ったのは、美那萌の血だった。

 

 美佳の眼前にあるのは、かつて美那萌だったモノだ。

 もはや死体と表現するのも憚られる。それは人としての死に方をしていなかった。

 

「彼女はもう用済みだった。それに、神秘の世界を知った人間を生きたまま外に出すわけにはいかないからね。あらかじめ崩壊(ハガラズ)のルーンを掛けておいて正解だった……」

 

 影から現れる白髪の青年。声の主はシャルディーンだった。

 

「てんめぇッ!」

 

 全身を駆け巡る痛みを無視して、幸斗は真っ先に飛び出した。

 怒り任せに拳に碧水を纏わせ、殴りかかる——‼︎

 

「ふむ、『アレ』は今表層に現れてはいない……それでは興醒めだ。わざわざ戦う意味もない」

 

 軽々と拳を受け流しながら独り言を呟くシャルディーン。その表情にはどこか冷ややかな、落胆の眼差しが見えた。

 それでもその背後からくる殺気には悠然と対応し、余裕の態度を見せる。

 

「そう殺気立てないでくれたまえ。——安心しろ、貴殿らの師は殺していない…………というよりも、今の私の装備では殺せないといった方が正しいか」

 

 荒志郎の突き立てたナイフを軽々と払い、男は飛行の準備をした。

 

「また万全に準備を済ませてから出向くとしよう。そのときには、是非『あの御方』に相見えることを期待しているよ……フフ」

 

 大地に埃を巻き上げて、星見の魔術師は空の彼方へ飛んでいった。

 美佳が指を翳して魔術を放とうとするが間に合わなかった。

 

「ダメね、逃げられた」

 

「いや、今のはむしろラッキーだった。あのまま戦っていればオレたち全員やられてたかも知れねェ」

 

 事実としてその通り、実力差がはっきりとしていた。あそこまでの差で気付けないほど愚かではなかった。

 

「…………そうだ、八敷先生を見つけないと」

 

 薫が全体に言葉を投げかけた。とにかく今はそれが一番だと確認し、彼らは駆け足で商店街のもとまで向かった。

 

 

  ◇

 

 

 台風にでも遭ったかのような見るも無惨な商店街の道の傍に、八敷先生は壁にもたれかかって座っていた。

 文研部のみんなが見つけた時には意識を失っていた先生だったが、大勢に見守られた中で目を覚ました。

 

「ん……すまない。眠ってしまっていたか」

 

 花が開くように、一同の顔がパッと明るくなった。

 

「目を覚ましました……よかったです、先生……」

 

 荒志郎の言葉に続いて他も雪崩のように先生へ声をかけた。

 

「————私を気にするのは後でいい。美那萌の方はどうだった?」

 

 その問いかけに再び彼らは顔を曇らす。

 

「そのことですが……」

 

 幸斗の喉からはそこまでしか声が出なかった。しかし美佳がその続きの言葉を語った。

 

「魔術師による襲撃で絶命、死体は原型を留めていませんでした」

 

 それを聞いた八敷先生も他と同様に立ち伏せた。

 

「そう、だったのか…………それは私の責任だ。君たちが落ち度を感じる必要はない」

 

 相手を宥めるような声で言ったその言葉は、その実自身を戒める自責の声でもあった。

 

「……ひとまず、今日はご苦労だった。しっかり休み、英気を養ってくれ。それでは、また明日」

 

 日中の蒸し暑さとは打って変わって少し肌寒さを感じる五月末の夜。

 なんともやりきれぬ気持ちを抱えながら、各々は踵を返してそれぞれの自宅へ向かう。

 その足取りは、括り付けられた鉛の錘を引き摺るように重かった。

 

 

 

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