#1 第3節+怪異メモその1
3/
数分程前のこと、文化研究部の部室でスマホの着信音が鳴った。
「八敷先生、スマホ鳴ってます」
「ああ、待ってくれ。今向かう」
部屋奥の書斎スペースから本をしまいつつ、すたすたと荒志郎のもとへ向かう。しかしその途中で着信音は途切れた。
「おや、電話が切れてしまいました。誰からだったのでしょう……これはッ! 八敷先生、櫛見さんがっ!」
「やはりそうきたか。今すぐ向かうぞ」
「ですが場所は⁈ 掛け直して場所を聞き出さないと、どうしようも」
「無駄だ。どうせ怪異と出会ったのならそんな暇はない。だがこういうこともあろうかと」
そういって八敷先生は一つの札を取り出した。
「この札は二枚で一つでね。互いの魔力を感知するんだが……それをこっそり櫛見くんにつけておいた」
「うわっサラッとえげつないことしますね先生」
「緊急時なのだから仕方ないだろう。本当は私自身が監視すべきだったのだが、それはプライバシーがどうたらと言われてな。……ともかく向かうぞ」
車を使って数分、二人は櫛見幸斗と織本薫を目撃した。
「なんですか……あれは⁈」
驚愕した荒志郎の目に映ったのは紙質なヒトガタの怪異が放つ暴風と、それを受け止める碧水の奔流だった。
「あれは……式神の類か」
式神、それは陰陽師によって使役される紙でできた神のことだ。紙に封じ込まれた術式を展開することで自由自在に姿を変えると言われている。
「いや……それよりも、幸斗が行使しているあの力……まさかそこまでだったとは」
八敷先生が持つ疑念は織本薫の後ろのヒトガタよりも、櫛見幸斗の方に向けられた。
櫛見幸斗が行使する碧水の力。少なくとも昨日の彼には影も形もない能力。しかし八敷先生にはその片鱗が見えていた。それでいて、彼女であってもあの能力は予想外のものであった。
「はあっ!」
幸斗の雄叫びとともに碧水の流れが登り龍のように駆け巡る。彼らはそれをただ見つめていることしかできなかった。
水流の奥から一つの影が映る。二人はハッとして幸斗と薫のもとへ飛び込んだ。
「大丈夫ですか、幸斗さん?」
荒志郎が声を掛ける。
それとタイミングを同じくして櫛見幸斗はガクッと膝から崩れ落ちた。
それも無理はない。織本薫は振るった力を正面から受け止めた彼の体には至る所に裂けた切り傷が刻まれており、それと同じくして新たな力を発現させたことによる疲労が押し寄せてきたのだから。
しかし幸斗は軽く右手を挙げて平常を保つ素振りを見せた。
「君の力について訊きたい。どこでそれを手に入れたんだ?」
八敷先生が疑問を投げかけた。
「……よくわかりません。あのときの緑のヒトの声が頭の中で聞こえたと思ったら、いつのまにかできるようになってました」
「そうか…今のはその怪異の力だったか。おそらく最初に出逢った時になんらかのパスが繋がったのだろう。……そいつの正体についても何か情報はなかったか」
「い、いえ……突然契約がどうこうって言って、それで……」
八敷先生の怒涛の質問責めに困惑している幸斗。その光景に荒志郎が見かねて彼女を諌めた。
「それくらいにしておいてください八敷先生。幸斗さんも先程の戦闘で疲弊しているでしょうし」
「む、それもそうだな。織本くんの容態も見ておかないと」
荒志郎が倒れた薫の体を抱え、意識を確かめる。
「かぁ……はぁ……ふぅっ……」
切れ切れに漏れる薫の吐息を聞いて荒志郎は薫の無事を確認した。
「八敷先生! 織本さんも無事でした!」
「そうか。では私は彼らの応急処置をしておく。荒志郎は帰るといい」
了解しました。と告げ、荒志郎はその場を去った。
応急処置をしながら、八敷先生は今回の件について考えごとをしていた。
(現状一番の謎は彼に契約を持ちかけた緑の人物…その正体だ。
契約……。それは見方を変えれば櫛見幸斗にそいつが協力をしているということだ。だが……その目的はなんだ? もしかしたら、私の知らないところで何かが暗躍してるかもしれん。
あとは、織本に憑いた式神についても調べ上げておこう)
ひと通りの処置を終えて八敷先生は二人を車へ運んだ。
幕間/
ナナシの怪異57号 仮称 オリガミ
概要:織本薫に憑いていた式神。胴体から下がなく、全身が紙のような質感の平べったい姿をしている。現在は櫛見幸斗の功績によって無力化、一枚の札の形で封印されている。
特性:超速の突風による物理的な干渉を行う。この風は取り憑いた人間の『人を拒絶する意思』に応じて威力が増す。
発生起因:長らく人間不信になっていた織本薫の自衛本能がなんらかの魔術的干渉——原因は不明——によって表出されたことで発生したと考えられている。今後この魔術干渉について詳しく究明することが必要だと判断している。
余談:オリガミは攻撃性こそ高いが防御面では文字通り紙装甲である。これは長年募っていた人間不信が加虐性へ昇華したからだと思われる。なのでその実体さえ捉えていればマッチについた火程度の火力で対処できる。




