#10 第3節
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右肩の傷口から血が滲む。先程の戦闘で鏡に攻撃を跳ね返された時にできた傷だった。しかし痛みこそすれど、もう出血は止まっている——。
火花が散るような金属質な音と、力強く踏み込む足音が地面に反響していくのを感じていた。
戦禍の中心——。美佳、薫、梁山先輩の三人が六体の鏡面人形と交戦している状況をこの瞳が映していた。
「こいつら、ウチらの動きを真似している……⁈」
美佳の魔術に対して、相手も同様の動きをして対抗していた。
しかし美佳と違って魔術は出ない。
放たれた炎と重なるのは棘状の鏡面。ちょうど美佳が出した炎と同じ形状で、シンメトリーになっていた。
「でも、相手は二体……威力も同等だったら単純に考えて二倍分の差……厄介ね!」
こちらが三人に対して相手は六体。なので一人で二体を相手する必要があった。美佳が魔力を回すほどに、人形の攻撃も勢いを増していく。
自分も加勢したいのは山々だったが、生憎今はできない。
背中から伝わってくる熱量——荒志郎の右手がそこにあった。
「おいッ、あとどれだけ保てばいいッ!」
重なり合う剣戟との合間に、梁山先輩がこちらに問う。
「まだですっ……あともう少しだけっ……‼︎」
トリープを通して荒志郎の現状を確認していた。
『今、美那萌の領域に入ったよ。あと十数秒』
脳内に響き渡る声が更なる焦燥感を駆り立てる。
身体を動かせないのがもどかしい。
目の前で悪戦苦闘する仲間を見ているだけの時間は一秒ですら永遠と感じるほどだった。
弾き合う刃、轟く焦熱、唸る暴風——。
衝撃のドラムは加速度を増し、戦闘を激化させる。
しかしその光景を目に焼き付けることに意識が持っていかれすぎた。
背後に殺意が迫る——。
「櫛見くんっ、危ない——‼︎」
突き立てられた殺意に成す術がなかった。
だがその瞬間——ぞわっ、と厳かでありながら穏やかな風がうなじを撫でた。
重々しく地面に叩きつけられた鏡面人形。それは薫のオリガミによるものだった。
この短時間で、ここまでの精密動作性——。
彼の成長には目を見張るものがあった。
「怪我はなかった?」
「うん。おかげで、助かったよ」
本当だったら彼の成長を噛み締めておきたいところだったが、戦闘の最中にあってそれは不可能だった。
視界が暗転する。
立ち所に入れ替わる互いの座標。
眼前には先程まで梁山先輩と戦っていた鏡面人形の一つが刃を振り翳していた。
「させないわ!」
美佳の刺棘驟雨がマシンガンのように鏡面を穿つ。
荒志郎の右手は未だ背中に触れていた。
『そろそろ終わる……! 今のうちに準備しておいて』
宣告が来た。全身の力を振り絞り、碧水を右手に集中させる。
「はあああ…………‼︎」
昂る拍動——滾るこの身の熱量は凝結され、碧水へと置換される。
目の奥が熱い。チカチカと煩わしい閃輝暗点が集中力を削ごうと邪魔してくる。
痛みが走ってきた。身体中の毛細血管が悲鳴を上げているのを感じるが、それは知ったこっちゃない。
ただ——撃つのみ。
「今ですッ!」
号令が下された。碧水が美那萌に向かって放出される。
「無駄だってば、アタシには届かな…………っ、転移が、できないっ⁈」
美那萌は自身に起きた異変に気付くことができなかった。
「いやァ……‼︎」
身体を縮こませる美那萌。前方に鏡を何層と重ね、盾とする。
だが、大蛇の如き碧水の前ではただの時間稼ぎにしかならなかった————。
鏡が一つ一つ割れていくごとに増していく苦痛の叫び。
二枚、三枚——そして最後の四枚目にヒビが入った。
「どうして……‼︎ どうしてアタシがこんな目に! アタシはただ寂しかっただけなのに! 誰も愛してくれない。誰もアタシを見てくれないから、こうするしかなかったのに! それすらも、あなたたちは奪おうって言うの⁈」
その慟哭に、吐露に、投げかけるべき言葉はとうになかった。
だが、それでも語ろうするのなら————。
「知らない。それでもお前が悪いんだ」
その言葉を聞いた美那萌がどんな顔をしたのかはわからない。だけどそのことは彼女自身が最もよくわかっているはずだった。
最後の鏡が割れる。
瞬きする間もなく、その身は碧水に包まれた。
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