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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第3章 華隷彌─カレイド
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#9 第3節

 

「————これはッ⁈」

 

 空間が歪むような錯覚。

 これは鏡が大きくなっているのだろうか、それとも鏡に吸い込まれているのだろうか。

 いずれにせよ、彼らは自身のいる場所が変化していっていることに気付いた。

 

「チマチマ一人ずつ捕まえるのはやめっ! みんなまとめて、アタシの中で叩き潰してあげるっ!」

 

 一帯が一瞬にして異世界に変わる。

 そこには星一つないからっぽな空と、それを映した水面のような地面が広がっていた。

 これが、カレイドの鏡の中の世界のあるべき姿だった。

 

「肉体と精神を切り離す効果を削ることで、取り込む範囲を広く、大人数にしたというわけですか…………。ですが奇妙ですね……ワタシであれば、多対一ではなく一人一人、各個撃破のカタチを取りますが…………」

 

「めんどくさいからそんなことしない。別にキミたちまとめてかかってきたところでアタシは負けるつもりがないもん」

 

 きっぱりと、自信たっぷりに美那萌は謳った。

 

「まずはオレがいく、テメェら後に続け」

 

 浄が先陣を切って美那萌の方へ駆け出した。

 距離は大体二十メートルほど、手にした得物を構えて突撃する。

 

「おらぁッ‼︎」

 

 胴を薙ぐような斬撃——だがその切先が到達する直前で、浄は動揺のあまり目を見開いた。

 

「なッ、ン…………どういうことだこれはッ⁈」

 

 今まさに斬りかかろうとする浄の目の前には自身の後ろにいるはずであろう荒志郎がいた。

 急いで腕を止めようとするが間に合わず、勢い余って荒志郎に刃が届かんとする。

 

 だが間一髪、刃と刃がぶつかる音がしたと思うと、荒志郎は寸前でナイフを錬成し、斬撃を受け止めていた。

 

「ワタシの位置が……入れ替わっている⁈ 望月美那萌とッ!」

 

「そうそう、正解せいか〜い! だからあんまり無闇に攻撃しないほうがいいよ〜?」

 

 美那萌がいるのは先程荒志郎が立っていた場所。

 美佳たちに囲まれながら、美那萌は口角を思いっきり上げた笑みを浮かべている。

 

「だったらよォ……こいつならどうだッ!」

 

 浄の『蛇目』が発動する。

 耀く赫の瞳によって身体の自由を奪われた美那萌。すかさず近くにいた幸斗と美佳が攻撃を仕掛ける。

 だがその直前で、真っ先に違和感に気付いたのは美佳だった。

 

 

「待って、違うっ…………‼︎ そこにいるのは美那萌じゃないっ…………‼︎」

 

 しかし既に幸斗の手からは碧水が放たれている。

 その軌道は美那萌の右肩へ向かって一直線。

 直撃すると同時にその姿が鏡に置き換わって割れた。

 

「ぐ、ぶっ……⁈」

 

 途端に血が噴き出る幸斗の肩。なぜそうなったのかを本人は即座に理解することができなかった。

 

「鏡へのダメージが跳ね返っているんだ……‼︎ でもどうして⁈ あのとき能力は使えなかったはずなのに……」

 

 薫の疑問に対して美佳が推論を立てた。

 

「この空間そのものが魔術式のようなもの……だから美那萌がどれだけ拘束されていても、たとえ意識を失っていても入れ替わりが成立する……‼︎ 多分だけど、もしそうだとしたらウチらが真っ当にぶつかり合って勝てる方法はない……っ!」

 

「……なるほど、八敷先生の()()()()と同じような理屈だね?」

 

 不意に漏れ出た声。その声色は幸斗のものだった。

 

「ん? 今、僕なんか言っ——」

 

 幸斗の口が不自然に歪み、その呟きが遮られた。

 

「私のことはトリープと呼んでほしい」

 

「ゆ、幸斗⁈ いきなり何言って……」

 

「細かいことは後だ。とりあえず今はこの状況についての整理がしたい」

 

 いきなりの状況に全員が困惑しながらも、しっかりと耳を傾けた。


「美佳の言った通り、アイツを直接攻撃して行っても埒が明かない」

 

「だったらどうすんのよっ……!」

 

「だけど私ならそれをどうにかできる……だが——」

 

「もう、アタシに内緒でなに話してるのー? まったくー、ダメだよー。ちゃんとこっちみてもらわなきゃ、ね!」

 

 ぱん、という手拍子。全員の視線が音の方へ集束する。

 何処からともなく現れた美那覇。その両脇には鏡を重ねたようなヒトガタの結晶体。その数は六体、それぞれ文研部たちの方へ向かってきた。

 

「そのためには邪魔が入られると困る……頼む君たち、少しだけ時間を稼いでくれないかい?」

 

「……わかったわ。具体的にはどれくらい?」

 

「技量次第ではあるだろうけど、一分程」

 

「オッケー、じゃあウチは右を行く。三人は残りの方をお願い」

 

 美佳の声掛けに応じて、各々がそれぞれ敵と相対しに向かった。

 

「待った、荒志郎。君はこっちだ」

 

 だがトリープはそのうちの一人を呼び止めて手招きした。

 

「どうしました?」

 

 小走りで駆け寄ってきたのを確認すると、呼び止めた当人はこう言った。

 

「君のその『右手』で、私を解析してみてくれ」

 

「っ————、それはどういう意味です?」

 

 思わぬその言葉の内容に一瞬息が詰まった。

 

「私は幸斗と肉体を共有しているからね。私がナビゲーションをして君が幸斗の中の美那萌の魂を狙い撃つんだ」

 

 彼の目的がよくわからなかった。

 理解が及ばず首を傾げて困惑の表情を浮かべる。

 

「——要はこの空間は君たちが体験した精神と肉体の乖離の応用編だよ。ここの魂はいつでも遊離できる不安定な状態にある。つまり君になら幸斗の身体を経由して美那萌の魂を攻撃できる」

 

 魂の知覚——科学的には実現されていない芸当。だがこの右手であればそれが可能であった。

 

「なるほど……わかりました。ではアナタも、ナビゲートをお願いしますよっ!」

 

 深く息を吸い込んでから、幸斗の背中に右手を当てる。

 

「————ッ‼︎」

 

 ズキン、と骨の髄まで軋むような錯覚が身体を襲った。

 右手から絶え間なくなだれ込む情報の荒波。自我を消失しないよう意識を研ぎ澄まして自他を分ける境界を作り出す。

 

『よし、とりあえずは接続成功だね。ここの情報一つ一つを読み込む必要はない。美那萌の魂さえ見つけ出せばいいのだから』

 

 荒志郎の脳に直接語りかける声——それはトリープのものだった。

 

「それで、美那萌の魂は何処にあるのでしょうか」

 

『位置はわからない。とりあえずそのまま奥へ潜っていって』

 

 その言葉に促されて奥へと進む——というよりは沈んでいったという方が正しいか。

 

 引き続き荒志郎は右手を通じて情報のプールに意識を落としていく。

 

 

 それは——まるで水底へ投下された錨のように。

 

 

  ◇

 

 

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