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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第3章 華隷彌─カレイド
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#7 第3節

私は手にした人形を中空に放る。

 次の瞬間、人形は灰となった。そこから炎が燃え上がり、奴の魔術を相殺した。

 

「防がれた……いや、違う……‼︎ これは……『喰らって』いる……⁈」

 

 シャルディーンのエン・ソフ・アツィルトによって放たれた光がその炎に当たると、まるで光が燃料となったかのように炎と同一化してしまう。

 

「インドにおける火の神、アグニはあらゆる炎の属性を神格化したものとされているが、人間の体内においては消化機能を暗示するものとなっている…………今、私が解き放ったのはその概念に特化した炎だ」

 

 『命明仮想火天』——私がそう名付けているこの炎は、実際に火が点いているわけではない。アグニの性質によって炎の姿を模っているだけでその本質は消化機能の具現である。

 故にそこにエネルギーがある限り、それを喰らい尽くすまでこの炎は消すことができなかった。

 

「どんな火力を以ってしても意味はない……いや、むしろ逆効果…………‼︎ あれを止めるには『エネルギーを持たぬもの』が必要というわけか……‼︎」

 

 だがそんなものは存在しない。エネルギーがないということは即ち無であるということだからだ。

 故に切り札。一度放たれたら最後、彼女が指示をするまで止まらない。

 シャルディーンは即座に攻撃をやめて防戦に移った。

 炎はエネルギーのある方へ攻撃をしていく。

 シャルディーンはその特性を利用して自身から離れるよう魔弾を発射して誘導し、時間を稼いだ。

 宙を浮き、身を捻って二転三転。炎を躱しながら私との距離を取っていく。

 

「そう易々と逃すものかっ!」

 

 短剣の投擲、天体魔術師の影を縫いて足止めをするも強引に突破し炎との接触を免れた。

 しかしその反動で男は空中での制御に失敗し、ある飲食店のシャッターへ突っ込むことになった。

 

 轟音とともに巻き上がる土煙。どうやらシャルディーンはシャッターを突き破り店の中に入ったらしい。

 炎は男の位置を見失っているようだった。

 

 ————だが逃げ道はない。

 

 深追いは不要。奴が再びそのシャッターから出てきたところを叩く——ッ!

 

 しばらくして土煙が失せた。そして一呼吸の間の後、シャルディーンが飛び出した。

 靡く外套、風を切るが如く。その眼に潜む銀河はこちらを吸い込むように毅然と睨みつけていた。

 

「愚かなっ!」

 

 正面からのスピード勝負——これは少し予想外だった。なぜならまず以ってあの炎に勝てるはずがないからだ。

 

 その通りに、炎が男を喰らう。正面から直撃すれば元も子もないだろう。この一手で勝敗は決した。そう確信した————が。

 

「……なんだと⁈」

 

 驚愕した私の瞳の中には、炎を突き抜ける男の姿が映っていた。身体は光沢を出す液体で覆われており、微かにナッツのような芳醇な香りがした。

 

「……ちっ。アグニの性質を逆手に取られたか!」

 

 アグニはあらゆる不浄を浄化させる炎となった存在だ。しかし本来は人と神を繋ぎ、人から神への供物を届ける役割を担っていた。

 供物とは神聖なものであり、転じてアグニは神聖なものを焼くことができない。

 古代インドでは牛からできた乳製品などを神聖視し、それらを神に捧げることで神への感謝を示していた。

 

 故に今奴が身に纏っている液体の正体は——ッ!

 

「そう、バターだッ! 存在を強固にするための紐付けが逆に仇となったなッ‼︎」

 

 自らの肉体を神聖なもので身を包むことで、シャルディーンは炎の中を通り抜けた————通常の炎であれば自殺行為であるが、この状況においては最大級のカウンターであった。

 

 咄嗟に防御の姿勢をとったがガードが甘い。

 男の拳は私の鳩尾(みぞおち)へと深く入り込んだ。

 

「カハッ……ァ‼︎」

 

 枯れた声が響き渡る。倒れ込もうとした私に奴は横薙ぎの蹴りを与え、側面の壁へ吹っ飛ばした。

 

「ふむ、稀代の天才と謂れど所詮は辺境の魔術師……この程度であったか」

 

 随分と落胆したという面持ちで見下げるシャルディーンの瞳。

 私は自らを奮い立たせ、決死の覚悟で立ち上がる。

 

「……理解できぬな。その傷で尚もまだ戦う理由はないだろうに」

 

「いいや、私には責任がある。この地を担う魔術師として、文研部の顧問として、私はおまえを生徒たちに近付けさせはしない」

 

 手には呪符を携えて、鋭い敵意の眼差しを奴に放った。

 

「……そうか。貴殿を殺すのは少し惜しい気もするが、それも仕方があるまい。これ以上邪魔をされるのは不愉快だ……苦痛ある死を以てこの心を慰めるしかあるまいよ」

 

 男の瞳に映る宇宙はそちらがチャレンジャーだと言わんばかりに煌々と見開いた。

 

「ほう、やってみろ。私を殺せるものならなっッ!」

 

 ————瞬間、命明仮想火天がこの世界を包み込む。

 

 今のシャルディーンにダメージを与えることはないし、もちろん自分は攻撃の対象外であるが、この行為にはしっかりとした意図があった。

 

「む……これは、なるほど。己の拳一つで戦ってみせよという訳か」

 

 この空間において、魔術師は互いに自らの身体を離れた魔術を発動することができない。

 故に魔術なし、純粋な身体強化のみで殴り合う炎の闘技場(コロッセオ)がここに顕現したのだ——。

 

 

  ◇◇

 

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