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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第3章 華隷彌─カレイド
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#2 第3節


  

「……なんだと?」

 

 此奴は今、敵ではないと言った。どうやら自分は勘違いしていたらしいと八敷先生は自己を内省した。

 

「私は彼の身体を借りているに過ぎない。私の目的は彼の意識を元に戻すこと。それは君の目的と合致していることだろう?」

 

 そう言って八敷先生に視線を送る。その問いかけに悩みつつ頷くと、幸斗の身体を動かしている者は言葉を続けた。

 

「だから私と協力して欲しい。安心してくれ、彼の意識さえ戻れば必ず返すと約束しよう」

 

 どうにも懐疑的な発言だったが、今の状況を考えると味方はできる限り欲しいところだ。

 

「……その言葉は一旦信じよう。だから離してくれないか」

 

「あっと、すまないね」

 

 彼が先生の両腕から手を離すと、手を差し伸べて彼女を立ち上がらせた。

 そして立ち上がった八敷先生は様々質問をし始めた。

 

「…………それで、どのようにしてこのような状況になったのかの説明が聞きたい。呪符によって彼らの身に何かが起きたのは察知していたが、事の仔細までは把握しかねるのでな」

 

「もちろん。——まず、今の事態は『怪異を従えた者』による犯行だ」

 

「それは……『祈現怪異』のことか。だが妙だな。其奴は彼ら三人が束になって向かっても敵わない相手だったのか?」

 

 八敷先生が疑問の声を漏らす。それに彼は淡々と答えた。

 

「美佳は完全に不意打ちだった。荒志郎は情報不足。そして幸斗は単純に実力不足だった。美佳がやられた時点で退くべきだっただろうね。まあタラレバを言ってもしょうがないけど」

 

「……その通りだ。今は対策を考えるのが先決だろう。そいつの能力について教えてくれ」

 

 そう聞かれて彼は望月美那萌の怪異——『カレイド』についての説明をした。

 

 彼女の怪異は鏡の姿をした怪異。主な能力は精神干渉と空間転移で、攻撃手段に光線を用いる。

 戦術としては光線による撹乱からの空間転移で接近し、相手の背後からその精神を掌握する方法を主としている。文研部の三人はこの戦法によって意識を失っている。

 

「————というわけなんだけど、問題はみんなの意識を取り戻す方法……そこについては、八敷先生——君ならわかるんじゃないかな?」

 

「鏡を門として、もう一度繋がりを与える——つまりは彼らの身体を鏡に映させればいい。とはいえそう簡単にいく話ではないがな」

 

「だから一人でも協力者が欲しい。私一人でも彼女を倒すことはできるが、その工程を挟めるかどうかはわからないんだ」

 

「なるほど——うむ、わかった。であれば……」

 

 そう言うと八敷先生は懐からある一枚の札を取り出した。

 

「これを『ある人物』に渡して欲しい。その間、私はもう一人の人物に協力を持ちかけにいく」

 

 手にした札には、彼も見覚えがあった。

 

「ああ……確かに、『彼』なら適任だ」

 

「彼を説得できるかどうかは君の腕次第だ。期待しているよ…………っと、そういえばおまえの名前については、聞いていなかったな。なんと呼んだらいい?」

 

 既に踵を返して立ち去ろうとしていた八敷先生がはっと気付いて振り返る。

 その瞳の向こうには、幸斗の顎に手を置いて思案する姿が見えた。

 

「うーん、名前というのはないんだけど……確かにこのままでは呼びにくいよね。まあ、呼びやすい名前で構わないけど、ひとまずは『トリープ』とでも呼んでくれたらいい」

 

 『trieb』……ドイツ語で衝動を指す言葉だった。

 

「ほう、『衝動』ときたか……おまえの正体についてはまだわからないことも多いが、なるほど。『祈現怪異』の根源に関わる性質だな。——では改めてトリープ、期待しているぞ」

 

 そう言って八敷先生は再び踵を返す。

 そしてトリープの視線が外れたあと、彼女はこう独りごちた。

 

「そうか……アレが幸斗に憑いた怪異の姿か。斯様な能力を持つ割には穏やかな性格を持っている。初めは荒御魂の類とも思ったが、ともすればそれ以上の神格やもしれん」

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