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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第3章 華隷彌─カレイド
33/71

#1 第1節

1/

 

「ふむ、少し面倒な案件が舞い込んできた」

 

 八敷先生が書類とにらめっこしながら眉をひそめた。

 

「何かあったんですか先生」

 

 僕は先生たちに淹れたコーヒーを運びながら尋ねる。

 

「これを見てくれ」

 

 そこにあったのは怪異に関する情報が記載された書類だった。

 

「げっ、『伝承怪異』ィ?」

 

 隣にいた美佳が心底不機嫌そうな声を出した。

 

「それがなんか問題あるの?」

 

「そりゃあもちろん。こいつは今までとは違って名前が記録に刻まれてる怪異なんだから。それほど脅威があったっていう裏返しでしょ? まあとは言っても全部がそうって訳じゃないけどね…………それに今まで当たってきたナナシの方も通常じゃありえないほど強かったし。

 ——ぶっちゃけ反射的な拒否反応よ。大体その名前が出てきた時は帰りが遅くなってテンション下がるから。でも今はメンバーが一人増えてるんだし、そこまで苦労しないでしょうけど」

 

 美佳はそう言いながら僕の持っていたコーヒーの一つを手にし、砂糖を入れてから口へ運んだ。

 

「それで、なんの怪異なんです?」

 

 同じ部屋にいた荒志郎もコーヒーを手に取りつつ先生に尋ねた。八敷先生は手を組み、一呼吸置いてからその名を告げた。

 

「——サンダーバードだ」

 

 美佳と荒志郎はその名にピンときたようだが、僕には何が何だかさっぱりだった。

 ただ一つ言えることがあるとすれば——。

 

「……えっと、名前安直すぎません?」

 

 それを言うと先生も苦笑いをして応えた。

 

「仕方がないだろう。それが正しい呼ばれ方なのだから——ともかく、こいつは名前の通り雷を操る怪異だ。数日前に西の方で発生し、現在こちらに向かってきているとさっき連絡がきた。放っておけば小さくない被害が出る。早急に三人で対処してきてほしい」

 

「あれ、先生は行かないんですか?」

 

 僕がそう尋ねると、先生は難しい顔をし始めた。

 

「すまないが、用事があるんだ。いつもの怪異より手強いかもしれんが、君たちなら大丈夫だろう。そう信じているから、早めに帰ってこい」

 

 

 

 そう言われて、僕らは学校より西側の、ある競輪場の駐車場へ辿り着いた。

 暗雲が立ち込み、雷鳴が轟く。

 

「来ますよ……」

 

 荒志郎が呟くその瞬間、雷霆が大気を割った。

 稲妻と稲妻の間から出ずる金色の雷翼——あれがサンダーバードか。

 

「先手必勝! 空の型(アーカーシャ)——虚影歪捻(きょえいわいねん)ッ!」

 

 美佳の指から、黒と白の螺旋が解き放たれた。

 二つの螺旋は雷鳥目掛けて一点に集束する。

 刹那、その一点が破裂した。

 螺旋と螺旋が交差した地点で、それぞれが互いに反発しあい、逆回転の強大なエネルギーが生まれる。

 その捩れが、サンダーバードの胴体を抉り裂いた——。

 

「よし、直撃」

 

 美佳が不敵に笑う。しかし暗転。その笑みは動揺に変わった。

 

「そんなたった一瞬で再生……⁈」

 

 完全に穴が空いていたはずの胴体がすでに元通りになっている。

 相手の力はまだ未知数だが、今のだけでもなかなか苦戦する相手だろうと認識した。

 

「だったら……。二人とも、時間を稼いで。再生される前に一瞬で潰すから!」

 

 美佳が手を翳し、詠唱を唱え始める。彼女のもとへ落ちてくる雷霆を僕と荒志郎が引き受ける。

 しかし荒志郎の右手はおいそれと使えるものでもない。ほとんどの攻撃は僕が引き受けることにした。

 好都合なことに、あの雷撃は僕の碧水と相性が良さそうだ。

 碧水が受け止めた電気は大気に漏れることはない。

 地面に手を当てて、碧水をドーム状に展開し、来たる雷を全て受け流した。

 

「準備オーケー! バリア解除して!」

 

 美佳の合図で碧水の展開を止める。その瞬間、眼前に迫る雷光。しかし一条の光がその雷を切り裂く。

 

黎明告げる(シュクラ・)太白星の閃光(モーニングスター)ッ!」

 

 金糸雀(かなりあ)色の翼を、山吹色の光が包み込む。

 眩しさで目を瞑る。爆風の余波がこちらにまで暴風として向かってきていた。

 しばらくして、風がパタリと止んだ。次に目を開けた時にはその二つの黄金は消えていた。

 

「ふーっ、終わった終わった」

 

 美佳が深く息を吐いてこちらに視線を寄越した。

 

「案外早く終わったし、帰りがてらどっか寄ってく?」

 

 そう提案してみたが、荒志郎はまだ空を睨んでいた。

 

「いいえ、待ってください…………雷雲がまだ……」

 

 彼が指差した先で雷光が重なり合い鳥の形を生み出していた。

 霹靂とともにその双眸が眩く光り、現れたのは先程美佳の魔術によって消滅したとされたサンダーバードだった。

 

「うそ、あそこまでやっても復活するの⁈」

 

「あの雲にある雷のエネルギーによって再生しているのでしょうか……そうなりますと雲を晴らすほどのものでなきゃ対処できないことになりますが……」

 

 荒志郎の推察が正しいとするならば、面倒なことになりそうだ。防戦一方で耐え凌ぎながら、いつくるかわからない燃料切れを叩くしか方法がないことになる。

 おまけに相手は上空を飛んでいるので一方的に攻撃をしてくる。非常に厄介だ。

 

「ともかく、今は防御に備えないとっ!」

 

 再度碧水を展開し、障壁を作り出す。この行動だって時間の限りがある。こちらの体力が尽きるのが先か、雷鳥がエネルギーを失うのが先か。ただの持久戦ではこちらが勝てる見込みはあまりなかった。

 

「くっ…………‼︎」

 

 雷霆によって焼き切れた碧水の壁を瞬時に修復していくことは予想以上に体力を消耗した。


「厳しくなったらウチも代わりはやれるからっ! 無理はしないでよねっ!」

 

「ああ、大丈夫……それよりも何か新しい対処法を……!」

 

「いっそのこと、ここは一時退却も一つの手だとは思いますよ!」

 

 荒志郎がそう提言した。

 確かに、このままではジリ貧で負ける……しかしここで食い止めなければ市街は停電などの小さくはない被害に襲われるだろう。最悪雷が人に直撃する可能性はある。やはりここは退くべきではない……!

 

「ダメだ、できる限り被害は抑えたい」

 

「ですがそれで我々が死んでしまっては元も子もありませんよ! 幸いここには人がいません。先生を呼んでからでも遅くはありませんからっ!」

 

 自分でもここで踏みとどまり続けることは愚かなことだと自覚していた。これを意地だと言われてもいい。とにかく目の前で自分ができることをやり切らずにいることはできなかった。

 

「……美佳、あとは頼む」

 

「え? あぁちょっバカ——もう、なんなのよ! 『円環乱波』っ!」

 

 しゃがんだ体勢から、そのままクラウチングスタートのように地面を蹴って走り出す。

 退くのはやれることをやり切ったあとでだ。

 踏み込んだ脚の跡に碧水を仕込み、柱状に立ててこれを避雷針とする。

 これならば走行中に雷が直撃することはない。

 

 破壊によって倒せないのであれば、吸収してしまえばいい。

 

 僕が持つこの碧水の力は、奴の雷の力を受け止めて逃がさない。であれば奴を碧水で包み込んでしまえば、消滅させることができるのではないか……⁈

 確証はない。これは賭けだ。でもやってみなければわからない。

 

「はあああっ……!」

 

 全身の力を両腕に集中させ、特大の碧水を放射しようと手を構えた。

 ————そのときだった。僕の視界の片隅に人影が映った。

 

……まさか、逃げ遅れた人⁈

 

 建物の影に黒い帽子の男が立っていた。

 男はぶかぶかの白いTシャツを揺らしながら、隈のついた鋭い目つきで空を見つめている。

 

「逃げてくださいっ! ここは雷が落ちて危険ですっ!」

 

 しかしその男は忠告を聞かぬままこちらに脚を運んでくる。

 

 最悪のタイミングだ。一般人に怪異は見えないがそれらと対峙する僕たちの姿は目に映ってしまう。

 文研部の活動が人の目に映ることは先生からも避けてほしいと言われていた。神秘を秘匿することで魔術師と非魔術師の均衡を保たねばならないからだ。

 だが、ここで碧水を放たなければ僕がやられる。

 焦燥に駆られ判断がおぼつかなくなる。

 

「……やれやれ。そんなんじゃ、死ぬのはオメーだぞ」

 

 男がため息混じりに呟いた。

 

「…………?」

 

 僕はこの男から、ただならぬ気迫を感じた。

 男は歩きながら雷雲の下で羽ばたいている雷鳥を見据えカッと目を見開く。

 

「——『蛇目(かがめ)』」

 

 男の双眸が、赫く煌めいた。

 

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