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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第2章 虚月─ウロツキ
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断章 PPP小噺 その2


「…………私はなんでこんな格好をさせられている?」

 

 眩しすぎるほど黒光りするラバースーツに、程よく肌が透けて見える網タイツ、ナイフのように鋭いハイヒール——そして、ぴょこっとかわいいウサミミ。

 それは紛れもなく、バニーガールだった。

 

 そんな不埒な格好をしているのは誰だ⁈ 魔女だ——先生だッ!

 

 我らが文化研究部顧問である八敷意先生が、バニースーツを身に纏っている……だと⁈

 

「ふっふっふー。めっちゃお似合いじゃーん」

 

 どこからかするこの声は真風屋美佳のものだった。

 

「えっと、美佳? 先生になにしたの?」

 

「なにって、見ての通りよ。先生にバニースーツを着させたの」

 

「いやそれはわかるんだけどさ。なんで?」

 

「えー。だって、ハロウィンだしぃ?」

 

 言われてみれば今日は十月の三十一日だった。とはいえ正直、ハロウィンだとか言われてもイマイチ合点がいかない。

 ハロウィンでコスプレしてワイワイ騒いでいる奴らなんて、テレビの向こうにでしか見たことがないし、大体そんなことしてる心の余裕が無いんだが。

 

 というか——そもそもの話。

 

「なんでよりによってハロウィンのコスプレがバニーガールなんだよ」

 

「そんなの、ウチの趣味に決まってるじゃん」

 

 美佳はときどき、こういうおかしな暴走をするから困る。

 

「それで、おまえはコスプレとかしないのか?」

 

「もっちろん、これからするつもりよ! ってことで、幸斗——ちょっと目、潰すね」

 

 理解の追いつかぬまま突然のブラックアウト。

 美佳の魔術で視力が奪われたのか……ほんと、魔術の使い所は考えてほしい。

 だがこの視界も少し待てば戻るものだ。大人しく待っていよう。

 

 

 次に目から光が戻ったとき、言葉を失ってしまいそうな光景が僕を待っていた。

 

「ふふん、どうよ幸斗!」

 

 どうもこうも……メイド服じゃないか。

 絶句というやつだ。さっきから思っていたが、彼女はハロウィンをただのコスプレ大会だと思っていないか?

 

「先生の衣装もそうなんだが、ハロウィンである必要が全く無くないか? せめてゾンビっぽいペイントとか、そういうのしろよ」

 

 そういうと美佳は「あっ」と口を開けて目を丸くした。

 

「それは考えになかったわー。そっか、そういうもんなのか」

 

 顎に手を当ててこくこくと頷く美佳。頭はいいくせに変にこういうところが抜けているからよくわからないやつだ。

 

「よーし、そういうことなら!」

 

 そう言いながら美佳が天井に手を翳した。

 ギュルンギュルンと、魔力の迸る感触がこちらに伝わってくる。

 よくわからないけど、二回目でも言ってやる——こんなところで魔術を使うのはやめてほしい。

 

灰被り(メタモルフォーゼ)()変身!(サンドリヨン)

 

 手から浮き出た魔法陣が美佳の体を通り抜ける。

 その魔法陣が通り抜けた身体には腐った皮膚のようなペイントと、ツギハギの痕のような模様が付いていた。

 

「これでハロウィンっぽくなった?」

 

 さしずめゾンビメイドと言ったところか。これならまだハロウィンっぽさはある。

 

「まあ、それならまだマシだよ」


「マジ? じゃあ先生にもポーン!」

 

 美佳の指先からビームが放たれ、先生の身体が真っ白に光る。

 白光の粒子が八敷先生の身体を包み込み、美佳と同じようにペイントが施された。

 

 ————いや、これはペイントの範疇じゃないな。

 

 八敷先生の全身は黒一色で覆われていた。だがその黒は塗料のそれではなかった。

 髪の毛はもとの茶色だが、それ以外の顔から脚の先までの全身に、黒い体毛が生えていた。

 そしてウサミミの隣に黒いネコミミ——ちょっと盛りすぎじゃないかと思うが、黒猫バニーということか。

 

「んーでもこれじゃあ色合いが地味よね。なので服の色を変えましょう!」

 

 またもや謎ビーム放出。黒光りするラバースーツやウサミミなどを真紅の色に染めた。

 

「よしっ! これで完璧!」

 

「いやまあ、確かにハロウィンっぽくはなったけど……先生、文句があれば言っていいんですよ?」

 

「ん? なんだ、似合ってないか?」

 

「えっ」

 

 先生はこういうの嫌がるタイプだと思っていた……!

 

「確かに初めは戸惑ったが、ハロウィンとくればな。案外、こういうのも面白いぞ」

 

「そ、そうですか……」

 

 先生がいいなら、僕もとやかく言うつもりはない。

 ただ、コスプレしてこの後どうするつもりなのかは疑問だが…………。

 

 そんなことを考えていると、不意にドアノブが捻られる音がした。

 

「みなさま、お疲れ様で……す?」

 

 扉から出てきたのは荒志郎だった。

 

「あっ! ちょうどいいとこに来たわね! そこにじっとしてなさい、アンタもハロウィンにしてあげる……!」

 

 キテレツな言葉とともに美佳は荒志郎の服を剥ぎ取り、コスプレ衣装を着せ付ける。


「わわわ、なにするんですか美佳さん……っ! ちょっと! そこは……くすぐっ、たい……ですってぇ!」

 

 現れた荒志郎の姿に、笑わずにはいられなかった。

 顔面は真っ白にペイントされていて、頭部には真っ赤なアフロのカツラを被っていた。鼻にも赤い球体がくっついていて、奇抜なチェック柄の服装で——それは紛れもなくピエロだった。

 普段掛けている眼鏡も丸いぐるぐる模様の変なものに変わっていたし、なんか、色々と可哀想に思えてくる。

 

「えっと、なんですかこれ? 元に戻していただきたいのですが」

 

 至極真っ当な返しだ。だが暴走状態の美佳にその言葉は通じない。

 

「なにって、ハロウィンの衣装よ! せっかくのイベントを見過ごしてなるものですかっての!  さあ幸斗、最後はアンタの番よ! …………ってあら? 衣装が無いわね」

 

 カバンからあれこれ取り出しては放り投げている美佳だったが、遂に鞄の中身が底を尽きた。

 

「こーなったら……ああもう! これを被りなさいっ!」

 

 頭上から何かが振り下ろされる。

 美佳が持っていたそれはくり抜かれたかぼちゃだった。

 

「うわっ……なにすんだっこの……」

 

 視界がぐわんぐわんと揺れ、隙間から漏れ出す光が瞳孔の中を駆け巡ってチカチカしている。

 

「うんうん、まあこんなもんでいいんじゃない?」

 

 明らか一人だけ雑に済ませられた気がするが、この衣装はまあジャックオーランタンでいいだろう。

 

「それで、みんな着たのはいいんだけどさ。……このあとどうすんの?」

 

 その瞬間、世界が凍りついた。

 

「……え、どうってなに?」

 

「だから、ハロウィンってことで衣装は変えたけど、このあとのなにするって話だよ」

 

「えっ、あー……なんも考えてなかったわ」

 

「っ……はあ⁈ 嘘だろ、ここまでやっておいて⁈」

 

 美佳も含めた全員が驚愕で顎が外れそうになった。

 

「まさか美佳さんがそこまで考えなしに物事を行う方だったとは……」

 

「そ、そんなことないわよ! もともとはトリックオアトリートとか言って街を回ろうかとか考えていたけど、それじゃあなんかこどもっぽいしでやめたのよ!」

 

「やっぱり考えなしじゃあないですか……」


「……無難にパーティとかじゃあダメか?」

 

「えーでもこの部屋で? せっかくならパンプキンパイとか作ったりしたくない?」

 

 あーだこうだと駄々を捏ねる美佳を見かねて、八敷先生がため息混じりに提言した。

 

「それなら私のアパートを貸してやる。ある程度の調理器具はあるから好きに使うといい」

  

  

 ということになって、先生のアパートでハロウィンパーティをした。

 

 

  ◇

  


 ——オチがない? 正直言ってこっからは特になにもなくパーティをしただけなんだが……ああ、そうだ。一個だけ面白い話があった。

 

 あのあと美佳が主導となってパンプキンパイを作ったのだが……美佳が自分のメイド服の裾を踏んで頭から小麦粉を被って転んだんだ。

 それを見て笑った僕らは美佳の逆鱗に触れ、自らの魔力で小麦粉を粉塵爆発させてきたのだった……。

 

 そう、爆破オチなんてサイテー。

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