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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第2章 虚月─ウロツキ
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#2 第4節 

 

 薄暗い路地裏に辿り着き、僕は前方の男たちに気づかれないよう息を潜める。

 その集団はブレザーを着ていた。おそらくは近くの私立高校の男子生徒だろう。

 遮蔽物越しに僕はその集団を観察する。

 三人の男が一人の男を壁に追いやって取り囲んでいる。

 男たちは少年を恐喝し、罵るような荒い声がここまで響いてくる。次第に争いはエスカレートし、取り囲んだ男のうちの一人が拳を振り上げた。

 

「おい、やめるんだ」

 

 咄嗟に僕は声を掛けて彼らに近づいた。

 

「あん? なんだアンタ」

 

 大柄な男がこちらに振り向き歩み寄る。囲まれた少年の様子が不安だったので近づいてみたが、予想通りガラの悪い連中だった。

 

「どこの誰だかは知らないけど……そこでやめておけ。弱いものいじめなんて、みっともない」

 

 僕が彼らを諌めようと口を挟むと、他の二人もこちらを向いて喧嘩腰で言い返してきた。

 

「あぁ⁈ 関係ねーヤツは引っ込んでろよ!」

 

「今のうちに帰るならなんもしねーからよ。大人しく帰ってくれや」

 

 そう言いながらもすでに三人は標的を僕に変え、ジリジリと歩み寄って取り囲もうとしている。

 

「そういって後ろ向いたところを殴るつもりなんだろう? こっちも怪我覚悟でおせっかいしてるつもりだから、いいよ。そっちが反省する気を持たないなら、こっちもやるしかない」

 

 

「こんの調子乗ったおぼっちゃまが。ちょっと痛い目見ないと気が済まないようだな……ッ!」

 

 前方の一人が殴りかかる。僕はその拳が届くより先にクロスカウンターを相手の左頬に当てる。

 男がよろめく。その光景を見ていた二人もまるで同じ攻撃を喰らったかのようにたじろいだ。

 

「ぐっ、はあ……この、やりやがったなテメー!」

 

 一人の男の激昂が他の二人にも共振し合う。

 怒りが男たちを一つにまとめ、雪崩のように押し寄せてくる。

 怪異との戦闘は慣れていても、こういう殴り合いはそう多く経験した事がない。

 数の差もあれば、向こうの方が喧嘩慣れもしている。真っ当にやればこちらが一方的に殴られることになるのは明白だ。

 できる限り僕は三人を分断しつつ対処するも、それは時間の問題であった。

 壁に追い込まれ、四方を塞がれた僕を三人の男が殴り、蹴る。

 殴られれば当然痛い。しかしこの暴行で僕が死ぬことはないと確信していた。

 この身に宿る『碧水』の力が自己回復力を高めてくれているので、多少無茶をして傷を受けても少し休憩すればすぐに治るはずだ。

 しばらく殴られていると、相手も呆れてきたのか、スカッとして気分が晴れたのか、パタリと止んで男たちは帰っていった。

 殴られた痛みに耐えながら、チラリと先程まで囲まれていた少年を見た。

 奇妙な眼差しでこちらを見つめる少年。彼は腰を抜かして地面に座り込んでいた。

 

「大丈夫だったか」

 

 僕は彼に声をかける。しかし彼は目の前に起こった状況に理解ができないのか、言葉にならない声を漏らして僕の視界から失せていった。

 独り路地裏で傷を確かめながら壁にもたれかかって息を整える。

 顔を殴られたので頬の内側が切れて血が溢れてきた。外傷こそ酷く残っているがこの程度であれば数時間もあれば治るだろう。

 あの集団を見て嫌な予感がしたので後をつけてみたが、おかげであの少年を助ける事ができてよかった。

 欲を言えばもう少しスマートに助けられればよかったのだが、まあ僕が傷つく分には構わない。他の人が同じように殴られていたらもっと傷の治りは遅くなってしまうのだから。

 ともかく今は戻ろう。タルトの味は血で最悪になるかもしれないが。

 

 

「ちょ、幸斗。どうしたのその傷⁈」

 

 店に戻ってくると、美佳が真っ先にこちらに向かって声をかけた。

 

「ああ、これならしばらくすれば治る。ちょっとしたトラブルだよ」

 

 僕は傷を気にせず微笑んで答える。

 

「いいえ幸斗さん。アナタはこうなることを予期して外を出ましたよね。なぜ我々に話をせずに出て行ってしまったんです?」

 

 荒志郎の抗議が胸を刺す。僕は少し後ろめたい思いをして、言い訳をした。

 

「このくらいのことなら君たちを巻き込む必要はないと思ったんだ。それに今回のは怪異とは関係ないただの暴力だし、あれを止めるかどうかは個人の裁量によるものだと思う。だから僕は見てしまったから止めに行っただけで君たちにまでそれを押し付けようとは——」

 

「バカねアンタ。そういうのは最初に言うべきでしょうが。あとからこうだと思ったとか言われてもこっちは困るだけだっての」

 

 僕の言葉に覆い被さって美佳が話した。だが美佳の言う通り、僕が勝手に想像で面倒ごとに巻き込まないよう遠ざけたのは、身勝手な行為だった。

 

「今回の件に限らず、何かあったときはワタシ達に話していただきたいものです。ワタシ達は同じ文研部のメンバーで、友達なのですから」

 

「悪かった。言い返す言葉もない。反省するよ」

 

 僕はそう言いながら冷え始めたタルトを口に頬張る。やはり、口に残った血の味が蜜柑の味を損ねてしまっていた。

 

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