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Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第2章 虚月─ウロツキ
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#4 第3節

 目を覚ますと、僕らの目の前には八敷先生がなんらかの防御魔術を発動して立っていた。

 

 苦しそうな表情で、八敷先生が振り返る。

 その光景を少し離れたところから見ていた僕らはその状況を即座に理解することができなかった。


「くっ……!」

 

 先生は一枚の札を指で挟み、薄く広い防御結界を僕らを覆う形で展開していた。

 そしてその結界を隔てた向こう側の中空には浅田菜乃花————否、そのガワを借りた何者かが浮いていた。

 

「ガァ…………!」

 

 浅田菜乃花の姿をしたヤツは僕らに高濃度の魔力の波状を解き放つ。その波状を受け止めている八敷先生の結界にはヒビが入り、今にも破れようとしていた。

 

 ————おそらく、あの結界の薄さは僕らのせいだ。

 

 八敷先生の結界は、後ろにいる僕らにダメージを与えないようにと広く薄い構造になってしまったのだ。

 もう保たないと察したのだろうか、八敷先生は結界を維持したまま結界から抜け出し、菜乃花の身体に飛び込んだ。

 札を手にしていない方の手に力を込め、掌底を打ち出す。先生の掌は菜乃花の胸部に大きな衝撃を与え、よろめかすことに成功した。

 

「入った!」

 

 僕は身を乗り出して声を上げる。僕は急いで先生のもとに向かおうとしたが、隣にいた美佳に押し止められた。

 

「待って、様子がおかしい」

 

 その言葉に反応して視線を八敷先生の奥にいる菜乃花の方へ向けると、彼女の口元から邪悪な笑みが漏れていることが確認できた。

 

「貴様らか……我が器を付け狙っていた愚か者は……」

 

 その声は浅田菜乃花のものではなかった。正しくいうならば、声帯は彼女のものではあるが、声質や口調が彼女のものではなかった。

 

「しまった……! もう間合いをとる暇がないっ……!」

 

 菜乃花の背中から伸びた黒く細い帯のようなものが八敷先生の肉体を貫く。

 その総数は七本。先生の腑を、抉るような動きで突き刺す。

 

「ぐ、ふっ……」

 

 八敷先生の口から血が噴き出る。先生の身体を貫いた黒帯が引き抜かれ、血が滴る。

  

「先生っ!」

 

 僕らを覆っていた結界がついに破れた。

 一歩だけ踏み出して、それ以上進むことを留まった。

 先生がほんの一瞬で致命傷までに追い込まれる……間違いなく今までの相手とは格が違う!

 その危機感は僕だけに限らず、美佳や荒志郎も同様に察知しただろう。

 

 ————三人で勝てる相手だろうか?

 

 先生はまだ動けるが、戦力としてはカウントできないだろう。であればここは先生を連れて引くべきか……!

 頭の中で逡巡が止まらない。だがそんな猶予を、菜乃花の中に潜む怪異は許してはくれなかった。

 

「まさか、ここで見逃すと思っているのか?」

 

 菜乃花の肉体を中心にして、世界から色彩(テクスチャ)が奪われていく。

 

「これが貴様たちが見たかった『虚数』の世界だ……」

 

 菜乃花を中心に広がったモノクロの世界は僕らの観測できる全範囲を覆っていた。その中でたった一つ、月だけは金色の煌めきを解き放っていた。

 

「これは『実数値(現実)』と『虚数値(空想)』の入れ替え……? まさか『界卵叛天』か……⁈

 チッ、ただでさえ分が悪いというのに……。三人とも、無理はするな! これほどの魔術だ。持久戦に持ち込めば勝機はある!」

 

 口に含んだ血を吐きながら八敷先生は注意を促した。そしてその言葉を言い残すと、彼女の身体は大量の呪符となって散った。

 

「ふむ、今のは式神だったのか。よほど高位の魔術師と見たが、まあよい。三人相手であれば楽しめるだろう……。ククク……さあ、今宵は狂宴といこうじゃないかァ……!」

 

 挑発とも取れる怪異の言葉に応じて、はじめに戦闘を開始したのは荒志郎だった。

 だが彼が持つ『右腕』の力は、強大故に消耗も大きい。であれば彼は真っ先に体力を温存すべきではないのか。

 

「ええ、それはわかっています。……ですのでッ!」

 

 荒志郎が右手を横に突き出し、力を込める。

 

錬成せよ(インタクト)

 

  ————それはまるで無から有を作るかのような奇跡に見えた。

  

 呪文と同時に、荒志郎の右手が蒼く光る。その光は量子となり、鉄となり、刃となった。

 刃渡りはだいたい七十センチメートル、標準的な長さの刀だ。

 

「なにその刀ァ⁈」

 

 美佳の驚きも無理はないだろう。多分、あの反応からして一度も誰かに見せたことはないんじゃないだろうか。

 

「家に刀が飾られていて助かりました。おかげで脳にかかる負担を最小限にして戦える」

 

 事前に解析した武器を『再構築』によって具現化する————確かにこれなら戦闘時における負担は少ないはずだ。この持久戦において最善の一手とも言える。

 

「ほう、なかなか歴史のある刀のようだな。しかし貴様、武芸に秀でているというわけでもあるまい。半端な技では串刺しにされるだけだぞ」

 

 怪異と荒志郎が激突する。振り下ろされる一太刀をその怪異は黒帯をクロスさせて受け止めた。

 

「くっ……!」

 

 荒志郎が二本の黒帯を抑えているが、ヤツが扱える黒帯の数はその限りではなかった。八敷先生を相手にしたときは七本。それが最大数かどうかはまだ測れない。

 

「おいおい、正面ばかり気を向けすぎではないか?」

 

 怪異の煽りと連動して、荒志郎の両サイドから二本ずつ黒帯が差し迫ってくる。だが、荒志郎は毅然とした態度で怪異を見据えた。

 

「それは、アナタの方ですよッ……!」

 

 瞬間、怪異の視線が右後ろに移る。その視線の先には真風屋美佳がいた。

 

「流土鞭・縛縄ッ!」

 

 完全なる不意打ち——だが肉体に大きな損傷を与えてはいけない。

 魔力でできた非殺傷性の鞭による捕縛。しかし確実に相手の体力を削る一手————

 

「少し痛いわよッ!」

 

 美佳の腕から、流土鞭を通じて怪異に魔力が流し込まれた。純粋な魔力の流れは怪異が持つ魔力と反発し合い、怪異の内側からダメージを与える……!

 

「生温い。殺す気でかかれ」

 

 鞭を破り怪異の周囲を黒帯が覆う。

 それぞれ三つずつ、黒の軌道が二人を追尾する。————今、ヤツの懐のガードは十分に甘くなった。

 僕は右腕に『碧水』の力を込める。

 黒帯は今まで見た限りでは残り一つ。守りに回しても打ち破れる程度の強度だろう。

 だがそれはその過程が真だったらの場合。怪異の黒帯の総量はまだ決まったわけではない。

 だからこれは様子見だ。まず間違いなく一本の黒帯では防げない。僕の碧水を防ぐためには最低でも四本分の黒帯が必要だろう。

 十分な威力が発揮できる距離まで近付いて、碧水を放射する。


「はあっ!」

 

 迫り来る碧水をヤツがどう対処するか。それを注視しながら右手に力を込める。

 

「ムゥ……⁈」

 

 怪異の視線がこちらに切り替わった。

 怪異の目元が不愉快そうに吊り上がる。威力は十分。あとは防御に使う黒帯の数を……

 

「なっ……」

 

 驚きの声は僕の口から漏れた。

 怪異は黒帯を一つも使うことなく、その肉体のみで碧水を受け止めた。それは流石に想定外だった。

 

「ふむ、およそ我が『虚威(ウツロイ)』の数を試そうとしたのだろうが……これ以上我を試すような真似はするな、不愉快だ」

 

 怪異の怒気が紫炎の魔力となって周囲に拡散する。

 張り詰めた空気を振るわせる圧倒的な魔力の波動に僕らは息を呑んだ。

 なるべく菜乃花の身体へのダメージを避けるようにして戦っていたが、それも無理があるいうことは今のでわかった。————本気でやらなきゃこっちがやられる。

 

「荒志郎っ!」

 

 左斜め前にいる荒志郎に声をかける。彼も警戒を続けながら耳を傾けた。

 

「君のその力、切断された腕を『再構築』して治すことはできるか?」

 

「ええ、できますよっ!」

 

「そうか、わかった。ありがとう」

 

 なら、()()を試してみよう————僕は両手を合わせ、身体全体の碧水の流れをコントロールする。

 

 

 数日ほど前に、八敷先生から教えてもらった言葉だ。

 

『君が魔力に対する理解を深めれば、君の能力はもっと強力なものになる』

 

『体内の魔力は血液と同様に一定の流れを持っている。そして我々魔術師はその流れをコントロールしながら放出することで魔術の術式をうまく扱うことができるのだが、君の碧水も同じことだ。緩く流せば穏やかになり、強く流せば勢いは増す。単純な仕組みだが君の能力は純粋故にその影響も大きく受けやすい』

 


 その言葉を思い出しながら頭の中にイメージを構築する。

 身体中に駆け巡る生命力が、手と手の間から碧水となって溢れ出す。

 

 それは、柔を()()剛を()()もの————

 

 合わせた両手を縦に開き、流れる碧水が細長く引き伸ばされる。

 右手が頭の頂点、左手が腰の位置。引き伸ばされる限界値に達したとき、碧水は万象を断つ刃となって怪異に放たれた。

 

「なにぃ……⁈」

 

 碧水の刃は怪異が例の黒帯————『虚威』を展開する暇も与えなかった。そのまま勢いを落とすことなく、碧の斬撃が菜乃花の左肩を断ち切る。

 肉体の欠損によるダメージは怪異に対しても大きい。人間が大量出血によって失血死するように、怪異も切断された部位から魔力が漏れて憑依を維持することができなくなる。そう八敷先生が以前教えてくれた。

 だが————

 

「クッ、クハハハ。今のは良かったぞ」

 

 切断された左腕が逆再生の映像のように戻って繋がる。切断された跡すら完全に消え失せて、戦闘を始める前と寸分違わぬ姿で怪異が立っていた。

 

 こいつ、無敵か————?

 

「さて、第二ラウンド——でよかったか? あまり最近の言葉には慣れてなくての」

 

 余裕のある顔で冗談めいた言葉を投げかける怪異。

 こいつはまさしくバケモノだ。治癒による消耗も限りなくゼロに近い。下手な攻撃で体力を減らそうとしても逆にこっちがやられてしまう。

 だが、完全なる無敵は存在し得ない。何かカラクリがあるはずだ。

 とすればやるべきことはただ一つ————バケモノの化けの皮を剥がす。

 それがこの窮地を脱する唯一の方法だと察した。

 

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