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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第1章 檻神─オリガミ
2/41

#1 第2節

2/

  

 葉桜が咲き、新学期が始まってきたことを実感し始めた高校二年の春。僕の人生に奇妙な一ページが刻まれようとしていた。

 渡り廊下を渡って北館2階。薄暗い照明に照らされたボロボロの扉の上に、ひとつの文字が載っていた。

 

『文化研究部』

 

 江峰東高校に存在する全く得体の知れない部活。部員も不明。顧問の先生がいるかどうかも不明。なのに確かに存在していると言われている。

 そして今、僕の目の前に文化研究部の扉がある。なんとも近寄りがたい雰囲気を醸し出すこの扉を、僕は開けなければいけない。

 曰く、僕が巻き込まれた『事件』は、警察や政府ではなく彼ら───文化研究部の力が必要ということらしい。

 がちり、とドアノブを捻る。その瞬間に、自分が日常と非日常の狭間に立っていることを確信した。

 恐る恐る扉を開ける。扉の先を確認するより先に、

 

「おや、文研部の入部希望者かい?」

 

と、凛々しい女性の声が聞こえた。視界の右奥に声の主と思われる女がいた。

 オフィスチェアに腰を掛けながら書類を片手にコーヒーを飲む姿は、茶色の外套とワイシャツのせいだろうか、若くして成功した女社長のようだった。

 あの雰囲気から見て、彼女が文化研究部の顧問だろうか。

 

「いえ、そういうわけではないんですけど」

 

僕がそう言い終わる直前に、

 

「ええ、彼が僕の紹介した『事件』の被害者です。」

 

と、左の椅子に座っている眼鏡を掛けた男が立ち上がって言った。あの男だ。僕をここに紹介した人物は。

 

「名前は櫛見幸斗(くしみゆきと)。先日ご友人と帰宅している際に事件に巻き込まれた。そうですね?」

 

 芝居掛かった物言いに戸惑いながらも僕は頷いた。

 

「そしてご友人は現在入院。本人は大きな怪我こそないものの、それ以外の部分で異常が発生していると言ったところでしょうか……」

 

 饒舌な喋りであったが、確かに言ってることは本当だった。

 その男は顎に拳を乗せて考え込んでいたが、

次の瞬間ハッとしてこちらを向いた。

 

「あっと失礼。申し遅れました。ワタシは和泉(いずみ)荒志郎(こうしろう)というものです。そしてあの方は我々文化研究部の顧問、八敷(やしき)(こころ)先生でございます」

 

 大儀そうな素振りでコーヒーを持っていた手をあげるワイシャツの女性。彼女が八敷意先生だろう。

 

「では本題に入りましょう。聞かせてください。貴方が、何に出逢ったのかを」

 

 和泉荒志郎の深く吸い込まれるような視線に口が澱み、一度咳払いをしてから事の仔細を話し始めた。

 

 

 

 

 それは今にも雨が降りそうな曇天の日のこと。僕はクラスの友人、花岡と二人で下校していた。なだらかな下り坂に差し掛かったとき、その事件は起きた。

 けたたましい轟音と共に僕らは自転車から離れ宙に浮き、気づけば病院にいた。

 あとから話を聞くに、僕らの自転車はあのとき急に『折れ曲がり』、身を投げ出されたというのだ。

 幸い僕は大きな怪我はなかったが、少しだけ妙に引っかかることがある。それはあの出来事の直前に、奇妙なものを見た気がするのだ。

 坂道に入る手前の道脇をふと見ると、『淡い緑の髪に、深い翠のツノを持った男とも女とも取れぬ人の姿』がこちらを見つめていて、一瞬目が合ったような気がした。ひょっとしたら周りの植木がそのように見えていただけなのかもしれない。

 

 

 

 

 一部始終を話し終えると、聞いていた一同が唸り声を上げた。

 

「貴方が見たそれは『怪異』と呼ばれるものの可能性が高いでしょう。先生、そのような怪異に心当たりはありますか?」

 

 八敷先生は顎に手を当て、しばらく思案してから、自信無さげな様子で声を上げた。

 

「いいや、私が知っている情報の中にはないな……もしかすると『祈現怪異』かもしれん」

 

「キゲン……カイイ……?」

 

 聞きなれない単語の連続に僕は困惑をしていた。その様子に気付いた八敷先生が、易しい説明をしてくれた。

 

「すまない、こちら側の人間での用語だ。『怪異』というものは人間の知る法則から逸脱した存在……所謂幽霊だとか妖怪とかいった奴らのことだ。そういうものについては書物などで見たり聞いたりしたことがあるだろう?」

 

「まあ、はい……一応は」

 

だがそれらはあくまで空想。実際には存在しないものとして社会の認識は浸透している。

 しかしその考えは彼女の前で粉砕されることになった。

 

「なら話は早い。伝承で語られるような鎌を扱う鼬だとか、やたらと尻尾が増える狐だとか、そのような存在は実在しているんだ。そしてそういったものについて調べているのが我々文化研究部というわけだが、君が見たそれは我々の知る伝承の中には見られない特徴だ。

 そこで考えられるのが、人の祈りによって現れる怪異————それが『祈現怪異』というものだ。

 詳しく話せば長くなるからざっくりと説明すると、個人の精神が生み出した怪異だ。だから伝承に載っていない」

 

「ですので、相手がどんな性質を持っていて、何が弱点になるのかが一切不明なんですよねぇ……もう少し、詳しい情報を教えていただけるとありがたいのですが」

 

 途中で荒志郎が話の続きを繋げた。しかし僕自身記憶も定かではなく、これ以上の説明はできそうになかった。

 

「では別の視点——怪異の所有者たる犯人を探す方法でいきましょう」

 

「犯人……?」

 

「ええ。先程話した通り、『祈現怪異』にはそれを生み出した個人が存在します。ですので今からそれに関する質問をするのですよ。

 ということで——つい最近で、貴方の身の回りに、急に人が変わったり妙な行動をする人はいませんでしたか?」

 

「……特に思いつきません。」

 

「そうですか……では、最近何か強い願望を持ったりは?」

 

「そういうのもあまり」

 

「ふむ、それは困りましたねぇ。身近な変化にヒントがあればとも思いましたが」

 

「身近な変化……ですか」

 

 身の回りとはいかないが変化は無いわけではなかった。学年が変わったという、学生なら極々当たり前の話ではあるが。

 

 もう少し質問しようとしたところで、八敷先生が荒志郎を止めた。

 

「とりあえず今日はここまでだ。こちらでも調査は進めておこう。連絡先も教えるから、また情報があったら声をかけてくれ。」


 

 

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Xの読みに行く企画から参りました。私が愛読しているミステリー小説に似ていてワクワクしながら読ませて頂きました。一人称視点なので楽しく読めました。高評価、ブクマさせて頂きましたので、少しでも励みになれば…
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