#3 第2節
荒志郎たちと合流した幸斗は、菜乃花の家へ到達した。
「ここが浅田ちゃんのお家?」
そう言いながら二階建ての家の方を指差したのは美佳だった。
「ああそうだ。ここに浅田菜乃花がいるだろう。私としては大人数で押しかけるのも気が引けるし、ここは誰か一人を選んで話をしにいったほうがいいと思うが、どうだ?」
八敷先生が幸斗たちに話を振る。その問いに答えたのは荒志郎だった。
「ワタシもそれには大いに賛成です。その上で適任と言えるのは……美佳さんじゃないでしょうか」
「え、ウチ⁈ なんで⁈」
先程まで菜乃花の家の方を指していた指が彼女自身の方へ向く。目をがんと開き驚いた表情で荒志郎を見つめた。
「ワタシたち男子組が押しかけて来ても怖がらせてしまうでしょうし、先生もやはりプレッシャーに感じるところがあるでしょう。ですので、ここにいる唯一の女子生徒である貴方が適任だと感じました。他の意見はありますかね?」
「ぐぎぎ…………アンタのそういう理詰めで迫ってくるトコ、なんかムカつくのよねー! でもまあその理由が正しいのはわかるしウチが行くわ。それでいいわよね、先生?」
不満げな顔を見せながらも美佳にやる気はあるようだった。八敷先生が「ああ、頼む」というと美佳は建物の中へ歩いていった。
美佳は扉の前に着き、インターホンを鳴らす。奥の方から声がして、しばらくすると扉が開いた。
美佳の予想とは違い、扉から出て来たのは菜乃花の母親だった。
「すみません、浅田菜乃花さんのお母さんですか?」
「あ、はい……そうですけど…………娘に何かあったんですか?」
菜乃花の母が尋ねる。その質問の返答をあらかじめ予期していなかった美佳は少し言葉を詰まらせながら答えた。
「ええと、菜乃花さんが今日欠席していて欠席届もなかったから、何かあったのかなと思いここに来ました」
「えっ、そんなはずは……菜乃花は今朝家を出ています。そのまま登校していると思うのですが……」
その言葉を聞いた美佳は険しい表情を浮かべた。
「じゃあ、菜乃花さんは家にいらっしゃらないんですね」
「ええ……あの子どこに行ったのかしら……」
美佳は「ありがとうございました」と彼女に告げて、美佳は幸斗たちのもとへ戻っていった。
駆け足で幸斗たちのもとへ戻る美佳。
「む、思ったより早いな、何があった?」
はぁ、はぁと息を上げながら美佳は先程の会話の内容を語った。
「浅田ちゃん、家にいなかった! 浅田ちゃんのお母さんに聞いたら今日の朝に家を出てるって!」
「「——————ッ!」」
周囲が一斉に戦慄の雰囲気に包まれた。
「では、彼女はどこへ?」
荒志郎が疑問を投げかける。緊迫した空気が張り詰める中、幸斗が声を上げた。
「そうだ、彼女が昨夜居たっていう廃ビルはどうですか?」
山岸望未が昨夜菜乃花を見つけたあの廃ビルになら、もしかしたら彼女がいるかもしれない。なんとなくそう感じた。
「確かに、何も手掛かりがないよりはマシか。そこへ向かおう」
幸斗たちは自転車に乗りながら、廃ビルまでの道で話をしていた。
「昨夜の菜乃花は……何をしようとあの廃ビルに行ったと思う?」
幸斗が荒志郎たちに問いかけた。
「うーむ……やはりあの高さの建物ですし、ひょっとすると……いえ、そうでないことを祈りましょう。どちらにせよ異常があれば対処するだけです」
「でもさ正直これが怪異関連の事件って確定したワケではないでしょ? なんかここまでやって無関係だったらちょっと萎えるっていうか……まあその方が全然いいんだけどね」
荒志郎に続き、美佳も言葉を添える。
実際、幸斗たちは菜乃花の行動と怪異との関連性を感じることができないでいた。以前幸斗が出逢った、物体がいきなり『折れ曲がる』といった現象ならそこに人が認知できない謎——即ち、怪異が介在していることは理解し難くない。
だが今回はそういったものとは違い、現実的な異常性だ。
夜中に普段出歩かない人間が外に居る。
廃ビルから息を上げながら出てくる人間がいる。
それらは異常性こそあれ、物理法則を逸するような変化は発現していない。
だからこそ仮にこの事態に怪異が関わっていた場合、その正体すらも掴めないことが幸斗たちにとって一番の恐怖となるのだった。
怪異を怪異たらしめる絶対の法則、それは恐怖である。理解し難い、得体の知れない存在だからこそ怪異は人間の脅威なり得ると、以前八敷先生が話していたことを幸斗は思い出した。
「ここを曲がって、あとはまっすぐ行けば着きます」
荒志郎が道を示す。街中から少し外れた都市街に、その廃ビルが聳え立っていることを幸斗たちは目撃した。