2 好きなジャズについて2【ジャズ喫茶・ジャズ本・ジャズクラブについて】
ソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』は、今でこそ愛聴盤ですが、聴き始めの頃といえば、ラテン系の明るさに目が眩んでしまい、夜聴くブルージーなジャズを求めていた僕には、悩ましい存在でした。
そのため、ロリンズの『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』をはじめて聴いた瞬間、これだ、これだよと膝を打って、歓喜し、ハイテンションになったのを覚えています。
ロリンズの『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』は、まさに夜聴く雰囲気のジャズアルバムで、存分にブルージーであると共に、その迫力あるサックスからは、アフリカンなルーズさもどことなく気怠く匂ってきます。エルヴィン・ジョーンズの複雑極まりないドラミングの嵐から、ロリンズのサックスがどこかぶっきらぼうに立ち現れてくるのは、中毒になる格好良さです。(誤解なきように付け加えますが「チュニジアの夜」のドラマーは、ピート・ラ・ロカです)
こうしてマイルス、コルトレーン、ロリンズというジャズジャイアンツにどっぷり漬かることになった僕は、ジャズという世界の深みが、底知れぬことをまだ知りませんでした。
ギターはどうなんだ、とか、ボーカルは、とか、皆さま気になっているところでしょうが、あまり脈絡なく語っても混乱を生むでしょうから、しばらくピアノと管楽器に限って語りますと、僕はとにかくエヴァンスから入って、次第にファンキーなジャズにハマり、またはブルージーなジャズに染まっていったもので、これも皆さまご存知だと思いますが、アート・ブレイキー率いるジャズメッセンジャーズの『モーニン』を聴くようになっていったのでした。
その『モーニン』の中で、ピアノを弾いているのは、今思い返すと、ボビー・ティモンズであったわけです。このピアノに痺れたというのが、個人的にも重要な体験で、僕は次第にファンキーなものを求め彷徨うようになります。
すると、すぐに出会うことになったのが、『バードランドの夜』というアルバムでした。
ここらで、話題を変えたいと思います。ジャズ喫茶についてです。僕は都内と埼玉のジャズ喫茶めぐりを何度かしたことがあって、十軒以上は入店したことがありますが、長期間に渡り、通ったことがあるのは二軒だけです。それもはじめの一店舗は、僕が死にかけていた時、熱血なマスターに喝を入れてもらい、小説修行をしてもらった思い出深い店舗なのですが、何年も前に閉店してしまいました。なので、現在通っているのは芸術性がみなぎる一店舗のみです。(たまに四谷いーぐるや、名曲喫茶のライオンなどにも行きますが、そこは通ってはいません)
七十年代以前のジャズ喫茶とは壮絶なところだったそうで、平岡正明の『昭和ジャズ伝説』なんかを読んだり、タモリさんの話なんかを聴くと、とても面白いのでおすすめです。というのは、あくまで学生運動の頃の話です。今では当時の雰囲気とかなり変わったように感じます。かつて僕が通っていた(今は無き)ジャズ喫茶は、昔ながらのゴリゴリの厳しいところで、キャノンボールが好きといったところ、マスターと常連さんに叱られたものでしたが(それはそれで刺激的で楽しかった)、それはそこだけの話で、ジャズ喫茶全般では、そういう雰囲気はほとんど無くなってきたように感じます。実際、十数店舗ジャズ喫茶を歩いた僕は、どこでも歓迎されましたし、一般的には若者のファンが激減しているので、当初、恐れていたような、敷居が高いとか、マスターに怒られるようなことはまったくありませんでした(僕が真面目だからかもしれない)。そして若者のジャズファンは激減しているなと感じていたものでした。そもそも僕自身は、若者がジャズを夢中で聴いていた時代に生まれていないので、なんとも言えないところがありますが、ジャズ喫茶の客というのは、一般に六十代以上の方が普通という印象でした。
ジャズ喫茶全盛時代の話を聞きますと、当時というのは、たとえ東京に出てきても、外国らしいもの(アメリカのもの)を味わえるのは、映画館かジャズ喫茶くらいしかなかったといいます。ウルトラセブンの変身前であるダン隊員を演じる森次晃嗣さんが、ジャズ喫茶でアルバイトをしていたり、村上春樹がジャズ喫茶の経営をしていたり、新宿にジャズ喫茶が十数軒あったということからも、ジャズ喫茶はサブカルとは言え、メジャーな文化だったと言えるようです。そして今でもレコードはとても高いものですが、当時はさらに海外の新盤や話題盤がとても高価で、入手するのは大変なことでした。エヴァンスの名盤が、海賊盤でさえ手に入れることが難しかったといいますから、ジャズ喫茶がそういう来客の需要に応えて、経営できていたのは正直、謎だとすら感じています。まして、当時のお客さんは、コーヒー一杯で数時間もねばったと言いますから、本当に不思議なことです。そしてジャズ喫茶の客は、私語厳禁で、口の動きだけで「コーヒー」と伝えることができたと言いますから、面白い独特の世界だったと思います。
あまり具体的なジャズ喫茶の話をすることも憚られますから、代わりに名曲喫茶の話をしますと、渋谷の名曲喫茶ライオンなんかは戦前からあるお店で、二階までそびえる大仏サイズのスピーカーから、名盤のクラシック音楽を流しています。ここは私語厳禁ですが、広い店内で、書きものなどもできますから、たまに行きます。鍋で煮出したというコーヒーが不思議とコクがあって絶品なので、一度行ってみてほしいと思います。
最後に、ジャズ喫茶の話を付け加えますと、ジャズ喫茶というのは流されるジャズもさまざまで、どこも唯一無二の個性があります。さまざまな店舗に行って、自分に合うお店を見つけて、週一から週七程度、通われるのをおすすめします。
せっかくなのでジャズ本の話もしたいと思います。以前通っていたジャズ喫茶が跡形も無くなって、遠い過去のものとなり、ぼうっとしていた時、僕がジャズ鑑賞の参考にしたジャズ本は、四谷いーぐるの後藤マスターのジャズ本(バランスよく学べるのと、特にハードパップに強い)と、メグの寺島マスターのエッセイ(メロディアスなジャズに強い。白人ジャズなど)と、植草甚一の評論本(クラシック視点のジャズ論に強い。MJQなど)と、油井正一さんのジャズ本(ジャズの歴史と、古いジャズジャイアントの名盤に強い)、雑誌の『ジャズ批評』などでした(これはただの自慢ですが『ジャズ批評』の第一号持っています)。村上春樹の『ポートレイト・イン・ジャズ』も読んだことがあります。(余談ですが、チャールズ・ミンガスの自伝を神保町の古本屋で購入したら、恥ずかしいほど、下ネタの宝庫でした……)
神保町にゆくと『ジャズ批評』のバックナンバーがありますから、是非購入してみてください。僕は『ジャズ・ピアノ』という古本から読み始めました。
ついでに、ジャズの生演奏についても語りますと、ジャズクラブは、地元のお店と、新宿のピットインに足しげく通っていた時期があります。ただ、コロナが流行って以降はほとんど通っていません。山下洋輔さんのライブと、林栄一さんのガトスミーティング(林栄一さんはもちろん、山田丈造さんと吉田隆一さんが好きだったのです。ガトスミーティングではありませんが、竹村一哲さんも好きでした)のライブに行ったあたりで、すっかり満足したということもあります。また行きたいですね。