1 好きなジャズについて1【ジャズ聴き始めの思い出】
2025年、あけましておめでとうございます。趣味・日常のエッセイ、Kan日記、あらためまして、2025年から再スタートということになりました。
今までのエッセイはすでに内容が古くなってしまっているので、ここらで刷新いたします。
新になっても、話題は変わらず、その多くは歴史とジャズと芸術(文芸含む)となる予定です。後にクラシックについても触れてゆきたいと思います。
それでは、初っ端から「好きなジャズ」について語ろうと思います。
好きなジャズと言いましても、音楽に関して、僕は素人であるため、専門的なことは語れません。オーディオファンでもないので、中身のあることは、何も申し上げることができません。
ただ、好きなジャズについて、好きな理由を、のんびりと語ってゆこうというだけの気楽なエッセイなのです。悪しからず。
僕がジャズを好きになったきっかけの一枚は、大学時代に聴いたビル・エヴァンスのアルバムです。YouTubeに動画があって、後にアルバムを聴いたのですが、それは、皆さんもご存知の名盤中の名盤『ワルツ・フォー・デビイ』でした。お洒落でリリカルなピアノの音色に癒されたいという動機だったのでしょう。
それから、程なくバド・パウエルの『シーン・チェンジズ』に突き進むことになります。特に夢中で聴いたのが「クレオパトラの夢」、ジャズファンなら耳にタコが出来るほど聴く名曲です。その激しい、狂ったような、あやしげな旋律は(その時はまだフリージャズのセシル・テイラーも聴いていない頃ですから、パウエルのピアノで、充分に狂おしく感じられたわけです)圧倒的に格好よく感じられたものでした。
バド・パウエルからさらに進んで、セロニアス・モンクのジャズピアノ、これこそ僕の運命を変えた一枚とも思うのですが、それは『ソロ・モンク』でした。
ここに至って、僕は、エヴァンス、パウエル、モンクという素晴らしい三人のジャズピアニストの名盤に出会って、その荘厳な世界に呑み込まれてゆくことになったのでした。
ピアノジャズにハマる一方で、ジャズには管楽器という巨大な世界が存在しています。僕は、管楽器の世界と、どのように接触していったのでしょうか。
うちの母親は、まったくジャズファンではありませんでしたが、ものは試しと、ジャズについて尋ねると「ジャズならば、有名な人が三人いる。それはマイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズの三人よ」と言ってくれました。
それで、すぐに家の近くのTSUTAYAで、その三人のアルバムを借りてきたのですが、その時、アルバムを聴いた感想は、一言で述べると「困惑」でした。
マイルスのアルバムは、音色が極度に洗練されている世界で、僕が抱いていた古めかしくジャズのイメージと大きく異なっておりました。コルトレーンのアルバムには、重厚なアンサンブルから入って、謎めいたフレーズが訥々と響き渡る音楽的な難解さに圧倒されてしまいました。ソニー・ロリンズのアルバムは、底抜けの明るさに狼狽したのと、サックスの迫力あるサウンドに、耳が拒絶反応を起こしてしまって、その当時の僕には、衝撃的であり、肌に馴染むまで、なかなか楽しめなかったのでした。
しかし、さまざまな演奏を聴いているうち、マイルスのアルバムの中で、とても気に入った曲ができました。それは『マイルストーンズ』というアルバムの「マイルストーンズ」という曲でした。僕は、グルーヴィーで妙に洗練された感じを与えてくれるこの曲の中で、特にキャノンボール・アダレイの伸びやかな演奏にすっかり魅了されたものでした。それは、僕がサックスの音色を好きになった瞬間でした。
似た印象を持ったマイルスの曲で、他のアルバムに「セブン・ステップス・トゥー・ヘヴン」というものがあり、こちらはドラマーがトニー・ウィリアムスで、複雑に打ち立てるドラムの凄まじさ、さらにマイルスのはえばえしいトランペットのうなりと言いますか、疾走感に満ち溢れていて、なんとも大変な名演で素晴らしく、このあたりから僕はだんだんとマイルスにハマりこんでゆくのでした。
マイルスの名演を聴き進めるうち、エレクトリックな時代のものが好きになり、特に最近では『アガルタ』にハマり始めているのですが、この当時は『ビッチェズ・ブリュー』『パンゲア』あたりを熱心に聴いていました。
マイルスはそのあたりから入ったわけですが、世界的にも一番有名な『カインド・オブ・ブルー』は正直、聴いてもあまりよさが分かりませんでした。というか、今でもそんなに聴こうと思わないので、それほど好きでないのかもしれない。水墨画のような高淡な世界と評されているらしいですが、それはつまり、極めて素朴な、非常に洗練されたブルースということなのか……ちっとも土臭くないブルースだな、という印象で、ファンキーなものが好きな僕としては、モードジャズという革新的な一面を念頭に置いてでもいないと、どうも魅力が理解できないようです。勉強します。
その点、『マイルストーンズ』の「マイルストーンズ」というのは一際グルーヴィーで、キャノンボールのアルトサックスもノリがよかったものですから、当時の僕には、とりわけ分かりやすかったようですね。
マイルスの話だけで終わると、話し足りない心地になるので、ここらでコルトレーンの話をいたしましょう。
実を申し上げると僕は、マイルスよりもコルトレーンの方に、はやく浸かり、一年あまりはコルトレーンばかり神格化して、熱心に聴いていたものでした。かつて通っていて今は無き地元のジャズ喫茶でも、マスターにコルトレーンを勧められましたし、そういう点では、縁があって、コルトレーンファンでした(最近、聴いていませんが、コルトレーン、今でも大好きです)。
コルトレーンというと『マイ・フェイバリット・シングス』がとりわけ有名ですが、僕がその時、TSUTAYAから借りてきて、しばらく聴いていたのは『ライブ・アット・ザ・ヴィレッジヴァンガード』というアルバムでした。
このアルバムは今でも大好きですね。コルトレーンが不可解な感じで吹いているメロディが、呪言のように、とても哲学的に感じられたのは、きっと僕だけではありますまい。というか、その時コルトレーンのものと思っていた管楽器のメロディを、後々聴き直してみたら、それはエリック・ドルフィーのソロでした。楽器の聴き分けができなかったから、すっかり勘違いしていたのでした。いや、聴き直してみるものですね。
ソニー・ロリンズの『ヴィレッジヴァンガードの夜』に衝撃を受けるのは、そのずっと先のことになります。第一話はここらで失礼致します。