これがウワサの便所飯
蹴破られたトイレの扉。
床に散乱した弁当のなかみ。
顔を両手におさえられ、おびえる女子生徒。
誰がどうみてもイジメの現場だった。
「言い訳をさせてくれ」
高橋匠はいう。「俺は、穏便にすませたかったんだ。本当に」
時をすこし戻そう。
非常階段に若菜あかりが登場したところからだ。
あかりは、高橋匠の弁当箱からおいなりさんをつかみ、口へいれた。
「なにコレおいしい!シャキシャキする」
「蓮根だな。ほかにも数種類、甘辛く煮付けた具材がはいっている」
妹の功績に得意な顔をみせる高橋匠。「ダテに扇風機は内臓していない」
「扇風機?」
「なんでもない」
まあいいや。と、あかりは、高橋匠の顔をのぞいた。
「いいスクエアだ。今日もよく手入れされている。———実は今日、ずっとメガネくんに話しかけたくて。ほら、昨日ワタシたち友達になったじゃん。そしたら、カンジと教室でていくし。あとをつけてみた」
にゃははと、屈託なく笑うあかり。「いいね!メガネ女子。誘おうよ。ワタシもいく」
「ありがとう、あかりちゃん。助かるよ」
いやいやいやいや。
高橋匠の脳内は、危険をうったえた。
聞き及んだ限りではあるが、市川詩織という人物が、あかりを抵抗なく受け入れられるとはおもえない。
まだ、オレひとりの方が幾分勝算はある。
森山も、助かるよ。じゃない。そういうところだぞお前。
ことは慎重に、厳かに、石橋を鉄筋で叩くごとく、すすめるべきなのだ。
「若菜さん。気持ちはありがたいけれど、ここは俺と森山にまかせてくれないかな」
「なんで?」
なんででもだ。
あと、顔がちかい。
「ほ、ほら。大勢でいっても、市川さんが驚くだろう」
咄嗟にしては、いい判断ができたと思う。
おもえば、昨日は、あんなにドギマギしたのに、今日は、心拍数1.5倍程度におさまっている。距離は、こんなにもちかいのに。
もしやまひる、お兄ちゃんが片手間でこなせるよう、なにかもったのか?ありがとう。
「それもそうか」と、森山健治が同調してくれたので、とりあえずのことなきを得たと、胸を撫でおろす高橋匠。
が、相手は、あの、あかりである。
「男二人に呼び出されるほうが、こわいわ。ワタシもいく。メガネ女子のメガネは誰にもわたさない」
メガネ大好き脊髄女は、トンっと階段を走り始めた。「ほら、いくよ」
「あかりちゃんまって!」
さすがの森山健治もさすがに、とめにはいる
いいぞ森山、その調子だ。幼馴染を大事に思うのなら意地をみせろ。
しかし、高橋匠の思惑とは、はずれたことを森山健治はいった。
「教室にいっても詩織はいないよ。昼休みは、いつもいなくて。どこにいるのか俺も知らないんだ」
高橋匠は、市川詩織の居場所に大まかな検討をつけた。けれどここは、
「それなら、また後日。放課後にでも」
とりあえずの先延ばしである。
何度でもいう。ここは慎重に、厳かに、石橋を鉄筋で叩くようにだ。
誰のためでもない。森山健治のためだ。
すれ違う幼馴染との関係修復。
嫌いじゃない。甘酸っぱくて大好物だ。
「そうかー」と、あかりは、スマホをとりだした。
高橋匠は、心でガッツポーズをきめる。
しかし、それもほんの数秒で打ち消された。
「花ちゃんが居場所を教えてくれたよ。レッツゴー」
目的地をきめたあかりをとめるすべなど、誰がもっていようか。
男二人は、追いかけるのに精一杯だ。
階段を滑り降り、廊下を突き抜け、階段をのぼる。
目的地は、第二校舎三階の女子トイレだった。
「メガネちゃんいるかな?」と、突き進むあかり。
本来男子生徒が立ち入れる場所ではないが、そんなこともいっていられない。
市川詩織が心配である。
男二人は、他の女子生徒がいないことを確認しつつ中へはいった。
奥の個室だけ使用中である。
「詩織、いるのか?」
森山健治の声に小さな音がなった。
カチャン。
プラスチックの音。
返事はないが、市川詩織は、間違いなくそこにいるのだろう。
どうしたものか。と、顔を見合わせる男二人をよそに、あかりは、行動をおこした。
一分の躊躇いもない、スムーズな蹴りを、一発。
ドゴンという音とともに、扉が押し倒される。
「きゃっ」
中から小さな悲鳴。
男二人の状況把握が追いつかないまま、あかりは、扉を外にどけて、市川詩織との対面をはたした。
「これがウワサの便所飯ってヤツ?ウケる」
あかりは、にゃはははと笑いながら、
「はじめまして、メガネちゃん。ワタシあかり。———赤のオーバル、よき!なかよくしてね」
と、ハートをとばした。
最低の初対面だ。