グミがお似合いさ
「悪いな。こんなところにつきあわせて」
非常階段に腰をおろした森山健治は、小さいパックのお茶を高橋匠へわたした。
「ありがとう」と、高橋匠は一段下にすわる。
朝の様子といい、この場所といい、どうやら森山健治は、ひとの気を遠くへおきたいようだ。
食堂のような賑やかな場所は、高橋匠の苦手とするところなので、すこし安心した。
昨日の女子三人組なら有無をいわさず、学校の一番賑やかな場所へ連行するだろう。恐ろしい。
「高橋っていつも、うまそうな弁当持ってくるよな」
「妹が料理すきなんだよ。森山は、購買のパン?」
「ああ。いつもは学食だけど、たまにはいいな。こーゆーのも」
静かだ。
思えば高校生になって初めて、他人と昼食をともにする。
たしかに、たまにはいいな。こういうのも。
森山健治は、コロッケパンの袋をあけて、静かに本題へはいった。
「海だけど、ひとり誘いたいやつがいるんだ。俺の幼馴染で———知ってるかな?A組の市川詩織」
高橋匠は、知らないと、首を横にふった。
「アイツいま、人見知りだからな。高橋が知らないのも無理はない。ってゆーか、俺も一年以上、まともに口をきいてもらえていない。本当は可愛くていいやつなんだよ。気もきくし、優しいし、普通に友達と楽しくできるヤツなんだ。なのに……」
たべかけのコロッケパンをおいて、森山は寂しそうにつづける。
「中学二年の夏くらいかな、突然クラスで浮くようになったんだ。口数も減って、笑わなくなって。学校も一緒にいってたのに、これからはひとりでいく、とかいいだして。理由を聞いても、健治とわたしは違うから。って、意味わかんねーことしか言わないし。お手上げでさ。まあいうて、高校入れば変わるでしょ。なんて期待してたけど、いまのクラスも馴染めていないみたいで。———俺、なんとかしたくて」
なるほど。
文字の羅列で多くのひとの人生をしる高橋匠は、森山健治と市川詩織の現状をかすめとることができた。
しかしだ。
「オレにできることは、なにもないよ」
ヒロイン市川をすくいあげるのは、ヒーロー森山であって、モブ高橋に期待されても困る。
「誘いたいなら誘えばいい。そこは、森山ががんばるところだろう。とはいえ、あの女子三人組にその幼馴染が混ざれるとは、到底おもえないがな。オレだって、できることなら遠慮したいレベルの猛獣たちだ。いっそのこと、二人で海にいったらどうだ?森山が告白すれば丸くおさまりそうでもある」
「こっ告白?」
森山健治は、今日一番の大きな声をあげた。
顔が真っ赤とは、こういう表情をさすのか。と、高橋匠は、おいなりさんを咀嚼しながら見上げる。
「好きなんだろ?その幼馴染のことが」
「す、好きとか、そんなんじゃ。そりゃ、嫌いじゃないけど———そもそも俺、口きいてもらえないし」
そういえば、そういう話でもあった。
「見ず知らずのオレが誘うのは、どう考えても無理ゲだろ」
「だからさ、俺と高橋の二人で誘えたらな。と」
「それ、オレいる?」
「いる!むしろ高橋が参加するってきいて、詩織にも声をかけようとおもったんだ。だってお前たち雰囲気似てるし」
「似てるとは?」
「メガネ同志、本好き同志、教室で浮いている同志。高橋相手なら、詩織も変に気張らずに話せるとおもうんだ。あかりちゃんたちには、俺からはなしを通しておくから」
よろしく頼む。と、森山健治は、あたまをさげた。
お兄ちゃん高橋匠も頼られて悪い気はしない。なにより今日、会話をかわした森山健治の人柄は気持ちのいいものであった。
「ついていくだけなら、かまわない」
「本当か?」
「ついていくだけだ。会話の主体は森山だからな」
「ありがとう。たすかる!」
べつにいいさ。高橋匠は、軽くわらって、
「ところで、そのピンクのパンは?」
と、森山健治の手元をさした。
「いちごの生クリームデニッシュだけど。食べるか?」
「いや、妹が好きそうだなと」
購買には、まだ売っているだろうか。怪しいものだ。
高橋匠は少し悩んで、
「森山のいちごクリームデニッシュとオレのおいなりさんのトレードは、どうだろう」
と、提案した。
森山健治は、快くうけいれたが
「おれのおいなりさんは、やめろ」
と、笑った。
和やかである。
しかし、男二人の和やかな時間は、唐突におわりをつげる。
「すべてきかせてもらったよ!ならばその、メガネくんのおいなりさん。ワタシがいただこう」
若菜あかりのご登場である。
あかりは、にゃははっと笑い。
「カンジくんには、ワタシのグミがお似合いさ」
と、スカートのポケットからクシャクシャの菓子袋を出して、森山ケンジにぶん投げた。
続く