おかゆにしてください
白川結奈が誤解していたように、高橋匠は誤解をされやすい。
しかしそれは、高橋匠に限ったことではなく、ひとり教室で本を読んでいる生徒の多くに当てはまるだろう。
高橋匠は、彼女いない寂しいこそあれど、ひとりでいる時間を寂しいと思ったことはない。
大好きな物語に没頭する時間は、なにものにも変え難いのだ。
大好きなヒロイン———清楚系巨乳ヒロイン。
若菜あかりのことにしても、彼女の不躾な態度とパンツが強いというだけで高橋匠の好むところではない。
そもそも教室にともだちがいないというだけで、フレンドは世界中にいる。LINEのともだち件数が零でもDiscordのフレンドは三桁なんて、よくある話しだ。
もちろん、いま述べた事柄に当てはまらない、ひとり、もいる。彼らには気を配ってあげてほしい。
「そうだろ?妹よ」
怒涛の放課後を乗り越えた高橋匠は、リビングのソファーで仰向けに言った。「だいたい展開が早すぎる。どうしてあのての輩は、脊髄で行動するんだ。ついていけない」
「そうですか?」
高橋まひろは、パックの赤飯を両手にもって首を傾げた。「お兄ちゃんが今日繰り広げた展開は、ファミレスで海水浴の予定をたてて、水着を買いにいっただけですよね?」
「だけ、ということは、ないだろう。海だぞ、水着だぞ、ギャルだぞ」
「良かったでは、ありませんか。いい加減、ぼっち正当化理論から目を覚ますときです」
「だから、ぼっちではない。フレンドの数を数えてやろうか。SNSのフォロワーだって———」
「お兄ちゃん」
と、まひろは、高橋匠の顔にパックの赤飯を押し当てた。「顔も知らない数字に胡座をかくのは、もうおやめなさい。そんなだから、パンツの一枚や二枚で思考が停止するのです。そもそも、きちんとお断りできない時点でコミュ力に問題があります。ぼっちではないと言うのなら、ギャルとの海水浴程度、片手間でこなしてください」
無茶を言う。と反論しようと思った高橋匠だが、できなかった。
気持ちの問題ではない。
急激に腹が痛くなったのだ。
痛い、キュルキュルする!
「まひろ、どいて、トイレ」
「逃げるのですか?とんだヘタレですね」
「ちがう、はら、もれる」
情けない。と、まひろは赤飯をどけた。「お赤飯は、食べられますか?」
トイレへ走り込んだ高橋匠は、か細い声で言った。
「おかゆにしてください」