うなぎプリプリです
エアコンの効いたファミレスで高橋は、ひとり汗を感じていた。
冷や汗である。
隣からは、花小町遊の探るような視線。
正面からは、若菜あかりの暑い視線。
視線こそ向けないものの、メニューをパラパラめくる白川結奈の静かなる圧。
まるでライオンの檻のなかへ投げ込まれた気分だ。いや、肉食獣という意味では、間違いないだろう。夏休みに揃えたかった人気ラノベシリーズ分の小遣いをいまから巻き上げられるのだから。
食べられる側の高橋は、ただ搾取されるのをまつのみだった。
けれどその気運は、白川結奈の一声でことなきをえた。
「高橋くんは、なにをたべるの?結奈たちのオゴリだから好きにたのんで」
「オゴリ?」オレが搾取されるのではなくて?
戸惑う高橋に花小町遊が補足をいれる。
「口止め料だよー。ステーキでもうなぎでも好きなのどーぞ。ちなみに今日の高橋くんのラッキーカラーは、赤だよ」
なるほど?
わかったような、わからないような。高橋は、疑心を持ちつつ「じゃあ山盛りポテトで」とメニューを指した。
先程の山盛りポテト食べたいな!に続いて赤色おしなのだから選択権はないにひとしい。ケチャップは、赤色だ。
「結奈は、パフェにしよ。あかりは?」
「かき氷いちご」
高橋から目線をそらさず、あかりは言う。「水分ほしい」
「涙で水もっていかれたか。花小町さんは?」
「ハナでいいよ、結奈っち。私はうなぎ」
「ハナさん食べるね。しかもうなぎって」
「んーだって」精力つけてほしいから。と、糸目を高橋にむける花小町遊。「はっしー今夜はいろいろ持て余して眠れないかもね」
セクハラである。
女子三人組は、カラオケでのできごとを詳しく高橋に伝えた。主に白川結奈のグチである。
「結奈、夏休み前に前林くんGETの予定だったのに、さーいあく」
いらない情報に高橋は、ただ相槌をした。
山盛りポテトは三人にとられ、コーラで腹をみたす。
なんの時間だこれ。
己の不運に高橋は、ため息をついた。
すると
「あーん」
高橋の目の前にスプーンにのったうなぎが現れた。花小町遊である。「召し上がれ」
なんかエロい。糸目がエロい。
「私のうなぎより、あかりっちの氷の方がいいのかな?」
残念。と、言って花小町遊はスプーンをおろし、高橋の手の甲をそっと撫でる。「はっしーの手ゴツゴツしてるね。男の子だね」
エッロ!むりっす!大人の花小町さんやべえっす!
高橋は、ぎゅっと目をつぶって、
「うなぎいただきます!」
と、店内に声を響かせた。
花小町遊は、ケタケタ笑いながらスプーンをさしだす。「はい、あーん。おいしい?」
「美味しいです!うなぎプリプリです」
「ずるい!ワタシのかき氷もメガネくんにあげる」
と、あかりからまでも氷ののったスプーンを伸ばされる。
まるでモテ男だ。オレのさみしい十六年は、このときのための布石なのでは?
メンタルジェットコースターの高橋は、そのままあかりのスプーンを咥えた。食べ合わせの概念など、いまの高橋は、持ち合わせていない。
もてあましそうだぜ。
「高橋くんて意外とノリいいね。結奈、勘違いしてたかも」と、白川結奈のご機嫌もなおっていた。
「そうだ!みんなで海いかない?夏休み。高橋くんも!」
白川結奈の提案に一同が頷く。
「いいね。いこいこー」
高橋も、青い空、青い海、ビキニギャルへ思いを馳せる。脳内は、ギャルゲのスチール画。
最高の夏休みじゃないか!
しかしながら、まて!だ、オレ。これ以上流されるのは、本意ではない。ギャル三人にオレひとり。もたん!体力もメンタルももたん!そもそも夏休みは、自室で好きなだけダラけながら本を読める最高の時間。一日とて無駄にしたくない。
「いや、オレ水着持ってないから」
精一杯のお断り文句だった。
しかし相手は、あの三人組である。
「メガネくんの水着、一緒に選びたい。ついでにメガネも選びたい」
「結奈も新しい水着ほしい。いまからみにいこー」
「たくさんデータがとれそうだよ」
聞く耳をどこへ置いてきたんだ。
「でも男、オレひとりなのは、ちょっと……」
高橋の対抗に三人は、
「カンジくんも呼ぶから大丈夫!」
と、声をそろえた。
カンジくん?だれ???
続く