レモンカスタードリング
「遅かったな。もうHRはじまるぞ」
席へ着くやいなや高橋匠に声をかけてきたのは、幼馴染のかたわれ、森山健治だった。
「まあな」と、ペットボトルの残りの水を飲み干しながら高橋匠は、若菜あかりの方へ目をやる。
ん?
珍しい。というかこんなことはじめてだ。入学したての頃は、動揺でしかなかった。しかし、いまとなっては、ただの朝のルーティン。あかりの視線とパンツ。それがなかった。
いや、あかりという存在は、変わらずそこにある。けれど、高橋匠を見ようともせず、白川結奈との会話に勤しんでいる。
そんな日もある。というか、これが普通だ。そもそもオレなんかを凝視していたこと自体がおかしい。最近は、会話もするようになったし、普通のオレの普通を理解したのだろう。
うんうん。と、納得の頷きをする高橋匠。
森山健治も気づいたようで、
「あかりちゃんこっちみないな。どうしたんだろう。もしかして昨日のアレかな」
と、思わせぶりな言葉をはいた。
昨日のアレとは、陽の中で隠を発揮していたオレのことだろう。そうだよ。オレは、普通につまらない男だ。
なので、クラスのみんなよ、オレを見ないでくれ。
昨日の土下座プレイの噂は、活発に校内を走り回ってくれたようで、他人の視線が朝からずっと痛い。ずっとだ。それにも構わず市川詩織が校門で待ち伏せし、例の非常階段に2人連れ立って向かったのだから尾鰭もついて爆走しているのだろう。
ようやく、あかりの視線から逃れられたのに。全く迷惑なことこのうえない。
まあいい。どうせみんな、すぐ飽きるだろう。タイミングの良いことに週が開ければテスト期間。
そんなことより。
「随分と機嫌がいいな。森山」
「わかる?実は昨日、詩織と一緒に帰ったんだけど、めちゃくちゃ会話してくれてさ。やっぱかわいいわ詩織」
ただの惚気に聞こえるが、先程まで市川詩織と一緒にいた高橋匠には、幼馴染たちの大きな温度差がみえた。
幹事くんなんて呼ばれて、委員長で、空気をよむイケメン扱いされているが、幼馴染の女子との空気感は、読み違えている気がする。
「市川さんとは、どんな話を?」
「あかりちゃんの話かな。なにが好きとか苦手とか。いうて、俺もあかりちゃんのことあんまり知らないけれどね。ただ、あかりちゃんの話をしてるときの詩織が、かわいくてさ。駅前のドーナツ屋で新作のレモンカスタードリング食べたときなんて、口のまわりに粉つけて『今度あかりさんとも食べたい』なんて笑顔みせてくれてさ。確かに美味しかったけれど、それより詩織の笑顔でお腹いっぱい!みたいな。ほかにもさ」
———云々。
HR開始のチャイムがなるまで、森山健治の詩織かわいいトークは、続いた。
まあまあダルい時間ではあったが、クラスの視線に晒されているオレを庇ってのことだろう。
なぜその能力が幼馴染に向かないのか。
もったいない。
それにしても新作。レモンカスタードリング。まひろの好きそうな響きだ。帰りに買って帰ろう。
お兄ちゃんは、今日も1日がんばります。
続く




