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4.プロローグ

その夜、突き上げるような激しい揺れでサティアは飛び起きた。


真っ赤な月明かりに照らされた部屋には、棚から落ちたのだろう物が散乱している。

それらの破片に気を付けつつ立ち上がった途端、再度襲い来る大きな揺れに、隣の浴室でも何かが落ちる音が幾重にも重なって聞こえる。



「何がおきてるの…!?」



強弱をつけて続く揺れは一向に止む気配はない。

幸い建物には保護魔法がかけられているため倒壊の心配はないが、この世界に来てから地震なんて一度もなかったのに。

何だか、嫌な予感がする。


(そうだ、水晶を!)


ユスティノに連絡を取ろうとそばにあったチェストを探るが、激しい揺れで転がり落ちてしまったらしく見つからない。

焦りで息が詰まる。

耳の奥でドクドクと心臓が暴れているようだった。

徐々に強くなっている揺れに恐怖が最高潮に達した瞬間。




アオ――――ン…




そう遠くない場所で、魔物の遠吠えが響いた。



(______え?)



酷い耳鳴りだった。

次いで訪れる脳味噌をかき混ぜられるような頭痛と、そして瞳の裏をフラッシュバックする、とある光景。


あれはそう、ゲーム機だ。


真っ黒い液晶画面に踊るのは、古めかしい字体で描かれた白い文字。




『恐ろしい揺れが人々を襲い、魔物たちの遠吠えがこだまする________』




喘ぐように酸素を求める喉がひゅ、と音を立てる。

この感覚を、サティアは既に知っていた。


フラッシュバックが収まると割れんばかりだった頭痛が引いてくる。

脳裏に焼き付いている光景は、ゲームのプロローグのようだった。


けれど、そこに並ぶのは『世界樹の聖杯』の世界観とは似ても似つかない不穏な単語ばかり。

あれは。



「これは、続編…?」



プレイしてなかったんじゃ、と呟く声に重ねるように、また遠吠えが上がる。


何度も、何度も。


やがてどれだけの魔物がいるのか見当もつかないほどの轟音となった魔物たちの叫びで、びりびりと窓ガラスが震え始める。



(これのどこが『こだまする』よ!)



鼓膜が破れそうだと悪態をついて、サティアは必死で前世の記憶を手繰りよせる。

今もなお続く大きな揺れに叫びたくなるのを必死でこらえて、記憶の中の液晶に写る文字を読み上げた。



「『恐ろしい揺れが、人々を襲い…魔物たちの遠吠えが、こだまするその夜…』」



また激しい頭痛がやってくるが、そんなことを気にしている余裕はない。

これが続編のプロローグなら知らなければならない。

いま、この世界に何が起こっているのか。



「『血濡れた月が見下ろす森で』っ、う!」



一際大きく大地が揺れ、ガラスの散らばる床へと投げ出される。



身体のあちこちがヒリヒリと痛んだが、気にする余裕はない。



狂おしいほどの遠吠えがぴたりとやんでいた。




訪れる静寂に、サティアの荒い呼吸だけが聞こえる。



「…え?」



気づけば揺れも収まっており、ともすれば元の森に戻ったかのようにも思える。

しかし、これが嵐の前の静けさに過ぎないことは肌を刺す嫌な気配が伝えていた。


大きな魔物の気配が、近い。



(世界樹で守られているはずの、鉄籠に?)



窓の外で、何かが動いた。


それが魔物ではなく、人影だと認識した時には既にサティアは駆け出していた。







可愛らしい扉を蹴破るようにして外へ飛び出せば、赤い三日月がそらにぽかりと浮かんでいる。



「血濡れた月…ね」



考えた輩は一体どこの厨二病だと罵って、小さな庭を駆け抜ける。

目指すは、屋敷の裏手。




『恐ろしい揺れが人々を襲い、魔物たちの遠吠えがこだまするその夜』




丁度ベッドルームから望むそこに、人影はあった。




『血濡れた月が見下ろす森で、東の聖杯が死んだ』




どうやって入り込んだのか、腹を真っ赤に染め上げた青年がぐったりと鉄柵に凭れている。


頭の中ではプロローグを読み上げるおどろおどろしい音声が滑らかに流れていた。



「フロイド・ベネット______東の聖杯」



口をついて出た言葉に、青年は顔をあげる。

闇夜に溶ける漆黒の髪から覗く、真っ青な顔が獰猛に嗤った。



「…まさか、本当に魔女がいようとは。俺もとうとう焼きが回ったか」

「どうやって、ここに?入口には厳重に鍵がかけられていたはずよ」

「これは世界樹が使われた鉄柵だろう、動かすことなど造作もない」



鉄柵がぐにゃりとゆがんだかと思うと、鋭く尖った切っ先がサティアの喉元に突き付けられる。

唇の端を歪めたフロイドはその言葉通り鉄柵を操り、自らが聖杯であることを証明してみせたのだ。



「魔女、取引をしないか」

「取引?」



喉元に刃物を突き付けているこの状況では脅迫と言った方が近いだろう。

些か呆れたが、サティアは動かずに次の言葉を待った。

こちらが魔女と知られている以上、下手に動けば無駄な誤解を招く。



「死後に魂でも何でもくれてやる、から…俺を生かせ」



呼吸が荒く、絞り出すような声だ。もしかしたら、腹部の傷が肺を傷つけているのかもしれない。

しかし、こちらを睨むグレーの瞳は、そんなことは微塵も感じさせないような強い力を宿していた。



「今、死ぬわけにはいかない。俺が今ここで死ねば、世界樹が枯れるぞ」



ズキズキと痛む頭に次々と言葉が流れ込んでくる。



『聖杯を失った世界樹は枯れ果て

大地には再び魔物が溢れた』



西の聖杯であるエマと、東の聖杯フロイド。

この世界では二人の聖杯が世界樹の分身として、あるいはアンプリファイアーとしてそれぞれの国を守ってきた。

第一作となる『世界樹の聖杯』の舞台は西の国だが、続編の舞台は東の国へと移る。

それは世界樹が枯れたことで、西の国が滅びたから。



『片割れを失った聖杯は勇敢に魔物に立ち向かったが、世界樹の力を失った人間に勝機はなかった』



そして魔物との戦いで、エマは、サティアの大切な友人たちは尽く命を落とす。


すべての始まりはこの男、東の聖杯の死から始まった。



「魔女も感じるだろう、世界樹の力がどんどん弱まってる」



鉄籠の力が弱まっている今なら、黒魔術を使えるかもしれない。

サティアの腹はとうに決まっていた。



「いいわ、契約しましょう」

「…対価は?魂でいいのか」

「対価はいらない」

「は、何を企んでいるのやら…」



こちらを睨むフロイドの鋭い視線は相変わらずだが、喉元の切っ先がもとの鉄柵へと戻っていく。


契約は成立だ。


黒魔術の対価に使えるのはたったの5年。

おまけに鉄籠のせいで効果が弱まるかもしれない。

肺まで届く傷を治すには、ギリギリだ。


(けれど、皆を守るためにはやるしかない)


怪我がある腹部に手を置くと、フロイドが僅かに身動ぎする。

出血は止まっていなかった。

ゲームではこれが致命傷だったのだろう。


この人さえ死ななけば、続編は始まらないのだ。



「対価はいらないわ。そのかわり、私の国を守って…!」

「っ!」



フロイドが虚を突かれたように目を見開く。

その瞬間、サティアの手から眩い光があふれだした。

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