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2.魔女の鉄籠

激しい縦揺れを続ける馬車の中、

窓ガラスに強かに頭を打ち付けたサティアは本日何度目かの悲鳴を噛み殺した。


「大丈夫ですか」

「ええ、まあなんとか…」

「すみません。『魔女の鉄籠』は随分長い間放置されていたので、道も荒れ放題なんです」



もう少しの辛抱ですから、と正面に腰掛けたユスティノ卿は普段と変わらない微笑みを浮かべている。

激しく揺れる馬車の中でもバランスを崩すことなく綺麗に座っている姿は流石大神官、と言ったところだろうか。

じわりと痛む額をさすって、サティアは苦笑した。



「いえ、お気になさらず。それよりも大神官直々に罪人を移送なんて、大丈夫なんですか?」

「それは問題ありません。高位神官も聖騎士たちも魔女と二人で馬車になど乗れないと泣きついてきたので、仕方なく、ですから」


嘘だ、とサティアの直感がささやく。

いくらなんでも魔物たちの領域にある危険な場所に神殿のトップたる大神官自らが出向くわけがない。

恐らく、彼が何かしらの手を回してのことなのだろう。

今世で見事黒幕であるエシャレット公爵を倒し無事ハーレムエンドを迎えられたのも、神殿の協力があったからに他ならず、最後の最後まで、この人にはお世話になってばかりだった。



「本当にありがとうございます、ユスティノ卿」

「さて、なんのことやら」



とぼけてみせたユスティノは緩やかなウェーブを描く黄金の髪を揺らし、抜けるような空色の瞳を窓の外へと向ける。

裁判後、やれ貴族籍の抹消だ、やれ相続放棄だのと手続きに追われたせいで窓の外はすっかり夕暮れとなっている。


「森に入ってから随分来ましたが、魔物と鉢合わせることもなく天気も良好…この分ではすぐについてしまいますね」

「幸先がいいですね」

「いいえ、全く。貴方と話したいことはまだ山程あるというのに」


物憂げに目を伏せた彼は、どの攻略対象と並んでも遜色のない容姿の端麗さだ。

それもそのはず、主人公たちの通う学院で法律を教える『ユスティノ教授』はサブキャラと見せかけた隠し攻略キャラなのだから。

癒しの力はもちろん高度な複合魔術まで使いこなし、若くして孤児から大神官にまで上り詰めた才気あふれるサブキャラなんて隠す気もない気がするが。


(世界樹の分身である『聖杯』のヒロイン(エマ)よりハイスペックな時点でバレバレよ)


前世の私はプレイしていなかったようだが、このゲームの続編でも物語のキーを握るキャラにされていたはずなので、制作者のお気に入りだったのだろう。

サティアとの扱いの差に乾いた笑いを浮かべていたら、やけに真剣な声に現実へと引き戻された。



「ティア、申し訳ありませんでした。私はあなたが本当に苦しんでいるときに、助けてあげられなかった」

「…はい?」



思いもよらない言葉に呆然と見つめた端正な顔は、窓から差し込む西日で上手く表情が読み取れない。



「もっと早く、あなたの苦しみに気づいてあげられたら…黒魔術に手を染めずに済んだかもしれない。これから先、たくさんの人に囲まれ幸せに生きていけたかもしれないのに…」

「それは…ユスティノ卿が気にされることではありません。誰の意思であれ、黒魔術を使って数々の犯罪に手を染めたのは、まぎれもなく私自身ですから」



謝罪を告げるその声は穏やかでありながら血を吐くような悲愴さを帯びていて、ひどく困惑した。


サティアの境遇は、間違いなくユスティノのせいではない。

もし責任があるとしたら、それはこのゲームの制作者だ。

だから寿命についても、そういう役回りなのだからと受け入れていたし、残りの人生をこの大好きなゲームの世界で少しでも楽しく生きようと思うだけで、嘆いたことは一度もなかった。

流石に痛く苦しい死に方をするのは御免なので幽閉エンドを目指してはいたが、今サティアとして生きていること自体、前の人生のおまけのようなものなのだ。


しかし、夕日から現れた端正な顔は、小さく眉を下げて微笑むだけだった。



「それでも、私はあなたを助けてあげたかった」

「ユスティノ卿は、なぜ、そこまで私を気に掛けてくださるのですか?」



原作は寝る間も惜しんでやりこんだが、悪役令嬢のサティアと隠しキャラのユスティノには特段の接点はなかった。

だから、いち生徒であるサティアを愛称で呼び、これほどまで良くしてくれる理由など何一つないはずなのに。



「あなたは、私にとって特別な人だからでしょうか」

「それって…」


ドキリと心臓が跳ねたその時、不意に馬車の揺れが止まった。


「ついたようですね」

「あ…はい…」

「やはり予定よりも随分と早い。ティアはここで少し待っていてください」


ほんの少し顔をしかめたユスティノが馬車を降りて行くのを見届けて、サティアは深く息をついた。

頬を手のひらで包むと、案の定燃えるように熱かった。


「さっきの、どういう意味よ。一瞬、告白シーンかと思っちゃったじゃない…」


ハーレムルートにこんなエピソードあっただろうか。

移送されるシーンまではなかったから、原作にもあったかもしれないが、どうしてか先のセリフには見覚えがある気がした。


(あれってもしかしてエマにいうセリフ…?まさかね)


いまだに暴れ回る心臓を何とかなだめて、外をみるとうっそうと生い茂る木々の狭間に奇妙な建物が佇んでいた。



「あれが、『魔女の鉄籠』」



原作で幽閉されたサティアが最期を迎えた場所。

背後に夜の気配を漂わせる不気味な屋敷を眺めていると、不思議と心が凪いでゆく。


これは確かに『ハーレムエンド』だ。


原作よりもキャラクターたちと仲良くなりすぎた気もするが、シナリオは変わっていないから大丈夫だろう。


今日、サティアの出番は終わったのだ。

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