運命の番なんて、お断り(シリル視点)
※猫じゃらし様主催「獣人春の恋祭り」参加作品です。
「運命の番なんて、お断り」のシリル視点になります。
早く春が来ないかな。
僕は毎日、そんなことばかり考えている。
狼獣人の僕には幼馴染の女の子がいる。
猫獣人のティナ。同い年の彼女とは家が隣で、家族ぐるみで仲良く付き合ってきた。
物心ついた頃から、ティナのことは好きだった。
素直で明るくて、何にでも一生懸命で。喜怒哀楽が分かりやすくて、いつもストレートに僕に好意を示してくれる、とっても可愛い女の子。
「わぁ、綺麗なお花!」
「あっちで見つけたんだ。これ、ティナにあげるよ」
「わーい♪ ありがとう、シリル!」
ふわふわな亜麻色の髪に、大きなブルーの瞳。白い耳に、細長い尻尾はクルクルと良く動く。にこにこと笑う顔はとびきり可愛くて、僕の心を和ませる。
そして、何よりも……彼女からはとてもいい匂いがするのだ。
女の子はいい匂いがするんだな。そう思っていた僕は、もう少し成長して近所に住む他の女の子たちとも遊ぶようになり、認識を改めた。
確かに、いい匂いはする。けれど、それはティナから感じるものとはまるで違っていた。ティナの匂いは、ただ好ましいというだけじゃない。無性に惹きつけられるのだ。
――――そう。それは花の蜜にふらふらと引き寄せられる虫のような。
「運命の番?」
11歳になった僕は、両親から獣人の習性について教わった。
どうやら獣人には運命の番という、唯一無二の存在がいるらしい。今はまだ薄っすらとしか認識できないけれど、16歳の春を迎えたら、はっきりと分かるようになるという。
「……出会っただけで惹かれるとか、本当なの?」
「そうだ。父さんも母さんと出会った時、この人しかいないと感じたよ」
「冗談だろ……」
両親の言葉に、胸がざわついた。
僕はティナが大好きだったから、結婚するなら彼女しか考えられないと思っている。けれどその話が本当なら、もしも運命の相手が彼女じゃなかった場合、僕はティナとは結ばれない。
『見て見て! これ、わたしが作ったの!』
『すごいね、ティナ。綺麗な栞になってる』
道端で咲いていた可愛い花をティナに渡したら、翌日、彼女はそれを栞にして僕に嬉しそうに見せてくれた。満面の笑みを浮かべて。ちょっぴり得意げな顔をして。僕に褒められて、白い頬を赤く染めながら照れ笑いをしてくれた。
あの子が。ティナが、僕じゃない男のものになるなんて――――……
想像しただけで歯噛みしたくなる。
そんなのは、絶対に嫌だ!
眉をひそめていると、母が含むような笑みを浮かべた。
「運命の番からは、とてもいい匂いがするの。シリルはもう、分かっているんじゃない?」
……え?
それって、まさか……!!
「あー、シリル。いいか。お前はまだまだ子供だ。番を見つけても、16の春までは自制するんだぞ」
「はい!」
「運命の番がいいのは分かるが、結婚は一人前になってからだからな。くれぐれも焦るんじゃないぞ」
「はい、はい!」
心配そうな目を向けてくる父に、尻尾をふるふる振りながら元気よく返事をする。
ああそうか。父さんも母さんも、僕の様子から分かっていたんだ。
ティナが、僕の運命の番だってこと!
すとんと腑に落ちるものがあった。そうか。それでティナからは、あんなにいい匂いがしたのか。他の子からは感じたことのない、心が揺さぶられるようないい匂い。
あれは、運命の香りだったのだ。
嬉しくて頬が緩む。ティナと僕は運命で結ばれているのだ。もう一度父さんに念押しをされたけれど、空返事をして部屋に戻った。ティナの瞳の色をしたブルーの枕を抱きしめて、幸せに浸る。
大丈夫。あと5年、長いけれどいくらでも僕は待てる。
だってティナはいつも側にいて、僕に笑ってくれるから。
それから、幸せいっぱいのまま僕は毎日を過ごした。
日に日に可愛さを増していくティナに、僕の好きもどんどん強くなっていく。口づけくらいはしてみたい。何度かそんなことを考えたけど、父の言葉を思い出してグッとこらえた。
もちろん、可愛いティナに近寄ろうとする虫を追い払うことも忘れない。
少ないながらもこの街には人間がいて、彼らには番という概念がないのだ。獣人と違って、あいつらは下心を抱えてティナに近寄ろうとする。この前なんて、ちょっと目を離した隙におかしな男に絡まれていた。運命で守られているとはいえ、慢心しているのは危険なのだ。
いつでも側にいて、きちんと目を光らせておかないと。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「どうしたの、ティナ。ため息なんかついちゃって」
「シリル……」
「明日のテストが不安なの? 分からないところがあるなら、僕が教えてあげるよ」
「わあ! ありがとう!」
白い尻尾が嬉しそうにクルクルと動いている。ティナは相変わらず全身で僕が好きだと伝えてくれる。その度に僕はグッとこらえて指を折る。16の春がやってくるまで、あと3か月。
もうすぐだ。もうすぐ、彼女のすべてが僕のものになる――――……
幸せいっぱいだったのに。
寸前になって、僕は絶望の底へ突き落とされてしまった。
「え!?ティナが帰ってこない?」
ある日の晩、ティナの両親が浮かない顔をして僕の家にやってきた。夕飯の時間になってもティナが家に帰ってこないという。もちろん僕の家にもティナはいなくて、慌てて夜の街をみんなで探してみたけれど、やっぱり、ティナはどこにもいなかった。
「どこにいるんだ……」
「さっぱり分かりません。こんなことは初めてだ」
ティナの家のリビングでおじさんと暗い顔をしていたら、2階からドタドタと階段を駆け下りる音がした。おばさんが勢いよくリビングの扉を開ける。
「家出よ。あの子、家出しちゃったわ!」
「なんだって!?」
みんなでティナの部屋に入る。見慣れた部屋の中には、いくつか見あたらないものがあった。机の上に飾っていた花の栞。大好きだと言っていた帽子。ベッドに置いてあった、可愛い犬のぬいぐるみ。
「クローゼットの中身が減ってるのよ。それも、あの子のお気に入りのものばかり!」
机の前に広がる窓は開いていて、冷たい風が、部屋の中をひゅうと吹き抜ける。
ふと、視線を床に移すと、見覚えのある柄の紙が部屋の隅にうつぶせで落ちていた。あれは確か先月の頭、一緒に行った雑貨屋で、ティナが可愛いとはしゃいでいたレターセットだ。
「家出って……なんだってそんなことを……」
「私にもさっぱり理由が分からないわ……。でもそうとしか思えないのよ。愛用のパジャマも見あたらないもの」
うなだれるおじさんとおばさんの横で、床に落ちている星空の模様の入った紙を拾い上げた。そこには見覚えのある丸い文字でなにかが書かれている。
心臓が嫌な音を立てる。愛らしい文字を、ゆっくりと目で追った。読み進めていくたびに、目の前が暗くなっていく。
これは……どういうことだ。
「運命の番と一緒になるのは嫌だから、街を出ます。落ち着いたら連絡するので、心配しないで……って! なんだよ、これは……っ!!」
怒りと絶望に、ぐつぐつと頭が沸騰しそうになる。こみ上げる感情のまま、手紙をぐしゃりと握りつぶしていた。金の瞳がぎらりと光る。喉の奥からは、ぐるぐると唸るような声が漏れている。感情がぐちゃぐちゃに荒れて、叫びだしたいのを、どうにかこらえた。
ティナは、家出をしていた。
その理由は……
――――――この、僕。
それから一週間は抜け殻と化していて、食事もまともに喉を通らなかった。
だって仕方がないだろう?
両想いだと信じていた相手が、僕との結婚を嫌って逃げたんだ。落ち込まない方がどうかしている。
思い返せば予兆はあった。16歳の誕生日に先走って贈った銀のペアリングを、ティナは溜息をついてじっと眺めていたのだ。あれは僕との未来を憂いでいたのだろう。
ティナは、春が近づくにつれ浮かない顔をするようになっていた。テストが憂鬱なのだろうか。おかしな男に絡まれたことが未だに怖いのだろうか。それとも、体調がすぐれないのだろうか……。
色々と理由を探していたけれど、なんのことはない。原因は僕だったのだ。
――――――僕から、解放してあげるべきなのか?
チラリと想像して、ぶんぶんと勢いよく横に首を振る。家出までして僕から逃げたティナに、それでも諦めるという選択はどうしてもしてやれなかった。逃がしたくない。彼女が欲しい。他の子じゃダメなんだ。ティナが、いてくれなきゃ。
答えなんて、とっくに決まっていた。
――――絶対に逃がさない。
どこまでも追いかけて、捕まえてやる。
決意した僕は、テーブルの上に置いてあったパンを無理やり喉に詰め込んだ。とにかく食べて体力をつけて、ティナを取り戻しに行かないと。
心配をする両親に、にっこりと笑って言い切った。
「ティナを探しに行く。止めないでね、父さん。母さん」
家を出てから、僕は周辺の街を渡り歩いた。
手がかりなんて何もない。だけど、そう遠くへ行ってはいないと推測した。ティナはあまりお金を持ってない。徒歩もしくは安い乗り合いの馬車で行ける程度の距離、となると場所は限られる。
田舎すぎても職にありつけない。そこそこ栄えていて、若い女の子が気に入りそうな街をいくつかピックアップする。街につくと人の多そうな場所に出入りして、猫獣人の女の子を見かけなかったか、聞いて回った。
「あ~……さすがにもう暑いな」
太陽の光が眩しくて、目を細めた。
通りを歩く人々は皆軽装で、中には日傘をさしている女性もいる。
歩き回っているから余計に熱がこもるのだろう。16歳の誕生日にティナが編んでくれた白いマフラーは、肌に触れた部分がじっとりと汗ばんでいた。倒れては元も子もない。不本意だがマフラーを首から外し、腕に掛けた。
穏やかな風が首筋に触れる。
「もう、春か……」
春が来れば。
ティナと一緒に暮らせるようになると、一か月前までは信じて疑わなかったのに。
――――今の僕は一人きり、か。
「いやいや。弱気になるな」
ぶんぶんと首を振り、次の目的地に向かって歩いていく。
辺りが暗くなった頃、ようやく目的となる街に到着した。
どうにか宿は取れたものの、予約もなしにこの時間から夕飯の用意をするのは難しいと言われて、外に食べに行く。仕方ない、情報収集も兼ねることにしよう。
マフラーは丁寧に洗って、ベッドの脇に干しておいた。
お勧めされたその店は、街で一番の人気の店らしい。宿の主曰く丸鶏の香草焼きがとても美味という。酒に合うと言われたけれど、飲むつもりはない。僕はもう16歳。飲んでも許される年齢だけど、どうせ飲むなら初めてはティナと一緒に楽しみたい。
カラコロとドアベルの音を立てて店の中に入ると、とんでもなくいい匂いがした。
どくん、と胸が大きな音を立てる。
――――これは、あの子の匂いだ!
「いらっしゃいませ~!」
騒がしい店の中は、酒と香草の匂いに満ちていた。その中に、とんでもなくいい匂いが紛れている。覚えのあるこの匂いは、間違いない。ティナの匂いだ。だけど……
…………ここまで強烈になるものなのか。
強い感覚に、背筋がぞわりとした。
今までの比ではない。こんなの、誰に教わらなくとも運命の番だとすぐに分かる。
16歳の春を迎えたら、その意味をようやく僕は理解した。幼い頃から嗅いできた、あの惹きつけられるような匂いは、あれでも、まだまだ微弱なものだったのだ。
どくどくと心臓が鳴り響く。頬が熱を帯びる。心も身体も、ふらふらと番の匂いに酔っているのが分かる。ああ。
――――どこだ。この店の、どこにいる?
店の中に入ろうとすると、入り口にいるウエイトレスの子に止められた。案内するから待ってくれ、ということだ。逸る気持ちをどうにか抑え、彼女に従い席に着く。そわそわしながら店内をぐるりと見回していると、ふっと、かぐわしい匂いが途切れた。
「……っ!」
瞬時に悟る。ティナが店から出たのだと。理由もすぐに察知した。それは僕の匂いがしたからだ。彼女は、どこまでも僕から逃げようとしている。
「……逃がしてもらえるとでも思ってるの?」
昏く笑って外に出た。獣の本能とはこういうものなのだろうか、気が付けば僕は狼の姿になっていて、彼女の後を追っていた。人型の時よりもはるかに性能が上がっている鼻は、遠く離れていても彼女の匂いを感知する。地を蹴りあげる足は力強く俊敏で、彼女との距離を確実に詰めていく。
間もなく、ふわふわとした亜麻色の髪が視界に映った。癖のある髪が左右にゆらゆらと揺れている。息を切らせて、足元をもつれさせながら、必死に、僕から逃げている。
たまらず彼女に飛びかかった。
ティナ、ティナ!
叫び声は咆哮となって辺りに響く。
夜の公園で、満月が僕たちを照らしている。
僕の前足がティナの肩と触れた。たっぷりと生えた草むらの中に彼女を押し倒す。華奢な身体の上に乗り上げて、首筋に顔をすり寄せる。滑らかな肌からは泣きたくなるほどいい匂いがして、……胸が痛んだ。
「……どうして出て行ったんだ、ティナ」
想いが言葉になって溢れた。ティナはブルーの瞳を大きく見開いて、狼から人間の姿に戻った僕を無言で見つめている。
「そんなに僕と番になりたくなかったの?」
僕たちは確かに想い合っていた。それはティナの態度からも明確だったはず。それなのに僕から逃げようとするなんて、いったい何があったんだ。僕はなにか、自分でも気が付かないうちに、ティナの気に障るような致命的なミスをやらかしていたのか?
それならそうと、言ってくれれば直したのに。
「僕はずっと楽しみにしてたのに。君と番になって、堂々と君を僕のものにして。君と一緒に暮らす日を心待ちにしてたのに、それなのに……」
ティナの瞳が揺れている。彼女の表情はただただ戸惑っているように見えた。僕に対する嫌悪は感じない。それどころかむしろ………喜んでいるように見えるのは、気のせいか。
彼女の反応が悪くないことに、僕の心が沸き立つ。
「シリルがわたしの番なの……?」
見つめ合うブルーの瞳はうるうると潤んでいる。ティナは白い頬を赤く染め、ぽ~っと僕に見惚れている。その顔は恋する少女そのものだ。
ティナもやっぱり、僕のことが好きなんじゃないか……!
「そうだよ」
「夢…………」
ぼそりと呟いたかと思うと、ティナが自分の頬を両手でバチンと叩いた。
「ちょっ!ティナ!?」
「どうしよう。あんまり痛くない……」
「夢じゃない! ティナは僕の番だ。もうずっと前から、僕の運命の番だ」
僕の、たった一人の特別な女の子。
ティナの肩をしっかりと掴んだ。もう逃がさない。熱を帯びた瞳を彼女に向けて、言い含めるように言葉を重ねると………………なぜか悲鳴を上げて突き飛ばされてしまった。
「いっやああああっ!!」
…………だからなんでだよ。いい雰囲気だったのに!
◇ ◆
「どうぞ」
温かい紅茶をティナが僕の前に置く。言葉を交わすために獣化を解いた僕は、服の代わりに今は身体にシーツをぐるぐると巻いていた。そこから腕だけを外に出し、カップを手に取る。
「ありがとう」
オレンジ色の水面に、ふぅと息を吹きかけて。
気持ちを落ち着けるために、ぐいっと一気に飲み干した。
ここはティナの住処だ。落ち着いて話をするために、僕たちは公園からティナの家までやってきた。喋れない狼の姿も、話せるけど全裸の人型も、どちらも不適切だったから。
そう。ティナの悲鳴は人型に戻った僕が、何も身に着けていないからだった。
なんだ、焦ったじゃないか。
僕が運命の番であるのが、叫びたくなるほど嫌なのかと思ったよ。
僕の隣に座ったティナが、紅茶を口にする。
「うう、あっつぅ~」
ふふっと笑みが零れた。熱いものが苦手なのは相変わらずだな。涙目になりながら舌を突き出しているティナは、思わず唇を寄せたくなるくらい、可愛い……。
って、ダメだダメだ。そろそろ本題に入らないと。
「――――で。どうしてティナは僕から逃げたんだ?」
ここだけは、はっきりさせておかないといけない。
だっておかしいだろ?
僕のこと好きなのに、僕から逃げようとするなんて。
ティナが困ったように眉を寄せる。
「あのね、シリルが嫌で逃げたんじゃないよ。運命の番が嫌で、逃げたの」
「それ、同じ意味だよね」
「違うよ! だって街にいた頃は、シリルが番だなんて知らなかったもん」
「えっ?」
…………どういうことだ?
「ティナは僕が番だって分からなかったの?」
「えええええ! むしろシリルの方こそ、16の春になる前からわたしが番だって分かってたの?」
「物心ついた頃から、なんとなく分かってたよ」
そう。僕は幼い頃から感じ取っていた。
そりゃ今ほどじゃないけれど、ティナからはすごくいい匂いがしたし……
――――ん? 待てよ。
そういえば僕は狼獣人で、一般的に狼は鼻が良いと言われている。
一方ティナは……
「………ああ、ティナが猫獣人だからか」
「?」
「僕はね。両親に、番を見つけても16の春までは自制しろって言われてた」
「それ、わたしと言われていることが違う……」
「獣人でも嗅覚の鋭い種族は、それまでに薄々感づいているんだと思う。16歳の春にならないと強い衝動が伴わないだけで」
今度はティナがぽかんとしている。
本当に、僕が番だって気づいていなかったんだな。
「――――で」
ティナを真っ直ぐに見つめた。
番と一緒になるのは嫌だと言って、ティナは逃げたけれど。
その番が僕なら話は違う……よね?
「僕は昔からティナのことが好きだったし、これまでずっと16歳の春がきたらティナと結婚するつもりでいたけれど。…………ティナは運命の番である僕は嫌?」
運命の番が僕なら、……受け入れてくれるよね?
さっきまでとは違う理由で、心臓がバクバクと大きな音を立てている。大丈夫。ティナなら、いつものように笑って受け入れてくれるはず。そう信じているけれど、どうしても不安が拭えなくて、ティナの小さな手をぎゅっと握った。
縋りつくような僕の手を、ティナが無情にも振り払う。
「わたし、運命の番なんてお断りだからね」
「ティナ……」
運命の番なんて、お断り。
はっきりとした拒絶の言葉に、頭を殴られたような衝撃を受ける。思わず泣きそうに歪んだ僕の唇に、柔らかいものが触れた。心地よい温もりに、零れそうになっていた負の感情が消えていく。
って。僕は今、もしかしなくてもティナと――――!
「っ!!!」
ティナが僕から身を離した。自分に何が起きたのか、理解してじわじわと頬に熱が広がっていく。目の前には、僕よりも真っ赤な顔をしたティナがいた。
「シリルだから! シリルだから、いいんだからねっ!」
ああ、ティナ。
嬉しくて、涙ぐみそうになる。ティナは僕が好きで。運命の番よりも僕が好きで。誰とも知れない番から逃げたくて、この街までやってきた。
――――運命の番が嫌って、つまりはそういうことなんだろ?
たまらず腕を伸ばす。僕に真っ直ぐ想いをぶつけてくれる、愛しい番をぎゅうぎゅう抱きしめた。
ティナと違って、幼い頃から特別な匂いを感じ取っていた僕には、この感情が「運命」とは別のものなのか、自分でもよく分からない。
けれど、確かに言えることはある。
「……僕も、ティナが番で嬉しい。嬉しいよ」
素直で明るくて、何にでも一生懸命で。喜怒哀楽が分かりやすくて、いつもストレートに僕に好意を示してくれる、とっても可愛い女の子。
運命よりも僕を選んでくれた、最高に素敵な女の子。
ティナ。君が番で良かった。
これだけは運命に捕らわれない、僕の本心だと思う。