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ポッキーゲームから始まる関係

「ポッキーゲームしようよ」

 思い返せば、あれが全ての始まりだったのかもしれない。


 木々に茂る葉の色が移ろい行く季節。

 クラスの雰囲気にも慣れて、私はちょっと退屈していた。

 何か面白いことないかなーって周りを見渡していると、同じような表情をした女の子と目が合った。

 確か、彼女の名前は夏目香織さん。

 はっきりとした目鼻立ちなのに、どこか儚い雰囲気を纏っている…とクラスメイトが噂していた。

 そんな彼女と目が合ってから数秒が経過する。

 お互い想定外の出来事で、目をそらすタイミングを失っていた。

 私の思考はぐちゃぐちゃのぐにゃぐにゃになって、気がついたら夏目さんの席の前に立っていた。

 そして何故か私の手には、今朝コンビニで買った赤いパッケージのポッキーが握られている。

 自分の席の前で仁王立ちをする私を、夏目さんは困った表情で見つめている。

 ちなみに、最初に目が合ってから私達は一度も目を逸らしていない。

 私たちの間に変な空気が流れる。

「ポッキーゲームしようよ」

 何か言わなくちゃと思った時には、自分の制御を超えて言葉が独り歩きしていた。

 突然の提案に困惑したのか、夏目さんは固まっている。

 そして私も、自分のしている行動が理解出来ないでいた。

 凍りついた空気が、だんだん私の理性を再構築していく。

 それと同時に、このカオスな状況をどう打開すべきか考える。

 数秒のタイムラグの後、私が何か言う前に夏目さんが口を開いた。

「えっと、ここじゃ恥ずかしいから…教室出ない?」

「ふへ?」

 変な声が出た。恥ずかしい?教室を出る?なんで?

 訳が分からないままの私を、夏目さんが教室の外へ引っ張って行く。

 そのまま人気のない場所へ連れていかれた。

「じゃあ…やろう」

 夏目さんは少し恥ずかしそうに私を見つめている。

「え、やるって何を?」

「何って、ポッキーゲーム…しないの?」

「え…ああ!ポッキーゲームね!やろう!」

 予想外の展開にテンションがおかしな事になる。

 え、と言うか本当にやってくれるんだ。

 でもなんで?

 私たちはクラスメイトだが、話した記憶はほとんど無い。四月から今日まで交わした言葉は原稿用紙一枚にも満たないはずだ。

 あれ?でもそんなクラスメイトに、いきなりポッキーゲームを持ちかけた私って相当やばくないか…。

 羞恥が私を呑み込む前にポッキーの袋を開ける。

 ポッキーを袋から取り出し、チョコの方を夏目さんに向ける。

 夏目さんは向けられたポッキーを素直に咥えた。

 その仕草があまりにもなんか、あれで…。

 つまり、私が想像していたポッキーゲームとはかけ離れていた。

 女の子同士のポッキーゲームはもっと、こう盛り上がりながらするものだと思っていたから。

 なかなか反対側を咥えない私を、ポッキーを口に挟んだ夏目さんが見つめてきた。

「やらないの?」

「はひぃ、やる!やります」

 また情けない声が出てしまった。

 覚悟を決め、チョコが塗られていない方を咥える。

 サクサクと短くなるポッキーを見て、これってどうなったら終わりなんだっけと考える。

 夏目さんを見ると目を閉じていて、距離感がわかっていない様子だ。

 その証拠に、私と夏目さんの顔の距離はあと10センチも無かった。

 近くで見る夏目さんは睫毛が長く、肌がとても綺麗だった。

 唇はほんのりとピンクがかっていて可愛い。

 なんて考えていたら更に距離が近付いていた。

 わああこれ以上はやばいと思うのに、緊張のせいか身体が言う事を聞かない。

 あとひと噛み、という所で夏目さんの目が開く。

 少し伏せた目が私の瞳を捕らえる。

 その瞬間、反射的に身体が後ろに下がった。

 口元のポッキーは折れていて、ゲームが終わったことを理解する。

 唇に残ったチョコを指で拭う夏目さんに、何か言わなくちゃと思うが、言葉が出てこない。

 予鈴がなり始め、今までの出来事がたった五分以内に収まっていたことに驚く。

「教室戻ろうか」

 さっきの出来事が夢だったのかと思う程、さっぱりとした様子の夏目さんが歩き出す。

「そうだね」

 その後を追うように私も歩き出した。

 後ろ姿を見つめながら歩いていたら、教室の前に着いていた。

 此処に入ったら、こんな風に私たちが話すことはもう無いだろう。

 何となく、淋しいと思った。

 教室に入る前に夏目さんが立ち止まる。

 そして振り向くと、私を視界に捉えたまま口を開いた。

「さっきのゲーム、私の勝ちね」

 小悪魔みたいな笑みを浮かべそう言うと、先に教室へ入ってしまう。

 残された私は何も考えられず、阿呆みたいに教室の前で立ち竦んでいた。



 これが夏目さんに触れた最初の日だった。

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