翡翠の色
「葵、起きろついたぞ」
秋人の声で目が覚めた。
「ぐっすりだったな」
「ああ、ごめん。起きてようと思ったんだけどダメだったみたい」
どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだった。
「いいよいいよ。俺らもすぐ寝ちゃったし」
「しりとりやろうと思ってたのに電車が気持ちよくてすぐ寝ちゃったよ。秋人にリベンジしたかったな」
「また今度だな」
小桜さんは少しむっとしていた。
「じゃあまたね」
僕と秋人は先に電車を降りた。
「いやぁ楽しかったな」
「うん。楽しかった」
「そういえば旅館の名前はなんて言うんだ?聞くの忘れてた」
「連絡先もらってるから調べてみるよ」
僕は荷物の中から海で渡された紙を取り出し携帯で調べてみた。
「翡翠館っていうみたい。結構有名なところみたいだよ」
「翡翠館?もしかしてあの翡翠館?」
「あのって?」
「テレビとかでよく紹介されてて有名人とかも結構行ってるって、葵知らないの?」
「うん、旅館とかあんま行かないし」
秋人がここまで言うのだから相当有名なところなんだろう。改めて漫画みたいな展開だななんて思った。
「俺たちめっちゃラッキーだぜ。あの翡翠館に行けるなんて」
こんなにテンションが高いのは珍しいなと思いながら視ているといつも以上にキラキラと輝いた色をしていた。ここまで明るいのは初めて視た。
「夏の間に行けるといいね」
「ああ、そうだな。桃たちにも言ってまた予定立てないとだしな」
「じゃあみんなの予定聞いてから旅館の方に電話するよ」
僕たちは夏の間にまた旅行に行く予定が出来た。
家に着くとすぐに自分の部屋のベットに横たわった。携帯を見ると小桜さんからメッセージが来ていた。
何だろうと思い開くと、そこには僕と彼女が肩を寄せ合って寝ている写真と青春だねーというメッセージが書いてあった。いつの間に撮られていたんだ。それならお返しにと僕が電車で撮った写真と一緒にそっちもねというメッセージを小桜さんに返した。
携帯をベットの端に置いた。少しだけ目をつぶっていたら不意に携帯が鳴った。小桜さんからだ
[いつ撮ったのこんなの?!すごい恥ずかしいんだけど!もしかして秋人にも送った?]
[まさか、秋人には送ってないよ。小桜さんもいつの間にあんな写真撮ったの?]
[駅に着く前に私は起きたんだけどあまりにもいい感じになってたから思わず写真撮っちゃた。それより、さっき送ってきた写真は絶対秋人に見せないでね]
[わかってるよ。こんなの見せたらあいつ倒れちゃうよ]
冗談ぽく言ったが、本当は秋人に見せればちょっとは意識するかななんて考えてた。けど見せるなって言われたらしょうがない。
[わかってるならいいんだけど]
小桜さんはたまに乙女なところを出してくる。
[そういえばさっき僕に送ってきた写真、星月さんにも送った?]
「え?うん。送ったけどなんかまずかった?」
[いや大丈夫、送ったのかなって気になっただけだから]
[ふ~ん、そっか。あっ言い忘れてた。写真ありがと]
[うん。役に立てて良かった]
僕がそうメッセージを送って会話が終わった。
僕は小桜さんから送られてきた写真を見返した。彼女はこの写真を見てどんな色になるのかな、って考えたら胸が少しざわついた。
コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「葵、ごはんあるけど食べるの?」
母さんがドアの向こうで言っていた。今日は少し疲れたからこのまま寝ようと思ってたけどせっかく作ってくれたのに無駄にするのはもったいないと思い食べることにした。
「ありがとう、食べるよ」
僕はすぐにリビングに向かった。母さんが夕飯の準備をする間に話しかけてきた。
「葵、今日は楽しかった?って聞くまでもないわね」
母さんの言い方に疑問を持った僕はなんで?という顔をした。
「だってあなた顔にやけてるよ」
「えっ?!」
僕はスマホの暗い画面で自分の顔を見た。母さんの言う通り口角が少し上がっていた。今この状態だということは帰ってくるまでずっとこのままだったということになる。僕は恥ずかしくなった。
「楽しかったみたいで何よりだわ。秋人君の他にもだれかいたの?」
「なんで秋人は入ってるの確定なの」
「そりゃああんたを誘ってくれるのは秋人君ぐらいしかいないでしょ」
「まあそうだけど、秋人の他には女の子が二人だよ」
「あら!女の子だったのね。それで二人のうちのどっちがあんたの彼女なの?」
母さんは手を止めて聞いてきた。
「そういうんじゃないって。友達だよ」
「あら、そうなの?じゃあ彼女になったらうちに呼びなさいね」
「だからそういうんじゃないって」
母さんが用意してくれたご飯はいつもよりおいしく感じた。
翌日、昼過ぎに秋人から電話が来た。
「旅行いつ行く?」
「昨日みんなの予定確認してからって言ったじゃん」
「ああそうだったな。なるべく早く行きたいなって思ってたから」
「そんな楽しみなの?」
「そりゃあ、あの有名旅館に泊まれるんだぜ。すっげぇ楽しみに決まってるじゃん」
「そうなのか。じゃあ二人にも今あいてる日聞いてみるよ」
「おう頼んだぜ。俺はいつでも大丈夫だから」
そう言って電話が切れた。秋人のやつ楽しみすぎて小学生みたいになってたなと懐かしかった。
昔から秋人は楽しみなことがあると早くやりたくて落ち着きが無くなる。大人ぶってても根っこの部分は変わらないなと少し笑った。
僕は二人に
[この間の海で会った人の旅館に行こうと思うんだけど夏休み空いてる日ある?一応泊りになると思うんだけど]
と聞いた。
[私は来週ならいつでもいいよ。ていうか一人ずつやり取りするのめんどくさいからグループ作ろうよ]
と小桜さんから来た。確かにグループを作ればこういう連絡は一回で済む。なんで今まで気づかなかったんだろう。
[確かにそうだね。でもグループってどうやって作るの?]
[私の方でやっとくから水篠君は招待されたら入ってきて]
[うん。分かった、ありがとう]
少し待ってから小桜さんからグループの招待を受けたので入った。彼女に送ったメッセージはどうしようか迷ったが考えてるうちに返信が来てしまった。
[私は来週の水曜日以降なら空いてるよ。グループ作ってたからどっちに返信しようか迷っちゃった]
[僕も今星月さんに送ったメッセージをどうしようか考えてたよ。水曜日以降ね分かったとりあえずこっちで予定立ててまた後で連絡するね]
[うん!またね]
僕たちの中での話は終わったが旅館の方の予定が分からないからとりあえず電話をしてみようと思い、海でもらった紙に書いてある電話番号にかけた。
「はい、もしもしこちら翡翠館でございます」
「あっどうも、私水篠というのですが、支配人の矢井田さんという方はいらっしゃいますか?」
「はい、少々お待ちください」
保留音が鳴る。僕は電話するのが苦手だから秋人にでも頼めばよかったと後悔した。
「お電話変わりました。矢井田です。水篠様お電話お待ちしておりました。」
「ああ、遅くなってすみませんでした。みんなと相談して夏休みの間にそちらの旅館に行きたいなと思い、来週の水曜日以降って空きはありますか?」
「来週の水曜日以降ですね。ご用意できますよ。ただあいにく一部屋しか空きがないのですがそれでも良ければ」
「一部屋ですか?」
さすがに一部屋というのはどうかと思ったので
「あのたびたび申し訳ないのですが僕だけでは決められないのでまた折り返しご連絡させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん。お待ちしております」
「すみません。ではまた」
電話を切った。さすがに一部屋なのはまずい気がするがとりあえずみんなに連絡した。秋人は
「タダで泊めてもらえるんだからわがまま言えないし」
と送ってきた。まあ確かにその通りだが星月さんたちはそうもいかない。と思っていたが小桜さんが
「確かに泊めてもらえるんだからこっちのわがままで迷惑なんてかけられないよ」
と送ってきた。星月さんも
「うん、一部屋でも仕切りとかあれば全然平気だよ」
と送ってきた。
みんながいいならとまた翡翠館に電話をかけた。
「もしもしこちら翡翠館です」
「あっ、たびたびすみません水篠と言います。支配人の矢井田さんは」
「先ほどの電話の方ですね。少々お待ちください」
ピーっと保留音が鳴る。
「お待たせしました水篠様」
「こちらこそ忙しいところすみません。先ほどの話ですが僕たちは一部屋でも大丈夫ですのでぜひお願いしたいなと思います」
「はい、ありがとうございます。十分な対応が出来なくてほんとに申し訳ないです」
「いえいえ僕たちは泊まらせていただけるだけで十分ですので」
「では来週の水曜日にこちらに来ていただくということでよろしいですか?」
「はいよろしくお願いします」
「こちらこそお待ちしております」
電話を切った。
みんなに報告しなきゃと携帯を手に取ってメッセージを送った。
[来週の水曜日に行けることになったよ]
[よかった!楽しみだな]
秋人の反応は相変わらずだった。
[そういえば旅館の名前ってなんていうの?]
[ああ確かに!私たちまだ教えてもらってない]
星月さんと小桜さんが聞いてきたので答えようとしたら秋人が僕に
[二人には内緒にしとこうぜ]
と送ってきたので内緒にしておくのも面白そうだなと思い
[ついてからのお楽しみ]
とグループの方には送った。星月さんは
[内緒なの?そっか、じゃあ着くまでの楽しみが一つ増えたってことにしとくね]
小桜さんは少し不満そうに
[ええ?秘密にするのずるいなー]
と返してきた。こういうサプライズみたいなことはやったことが無かったからワクワクしていた。また眠れない日が続きそうだ。
ここのところイベントが多くて夏休みの宿題のことをすっかり忘れていた。また来週には出かけるから今のうちにやっちゃおうと思いカバンの中から教科書とワークを取り出した。
幸い宿題の量はそこまで多くないので、来週までには余裕で終わる。僕は眠れない日を使って宿題を終わらせた。