透明な色
僕の口元から血が流れる。
「きゃあああああああああ」
周りから悲鳴が聞こえた。
「おいお前何してんだ!」
「はやくこいつ押さえろ!」
「はなせ、離せよ、もっといっぱい殺さなきゃ…殺さなきゃ」
フードの男は取り押さえられたようだった。
「えっ?あ…葵…くん?」
彼女は僕の方を向いて口から出ている血を見て呆然としていた。
「これ…なに?」
僕は地面に崩れ落ちた。
『息がうまく吸えない。心臓のあたりがやけに熱い。でも血が無くなって体が冷たくなっていくのが分かる。手も足も動く気がしない。あぁ……僕は死ぬのかな』
僕は目を閉じる。
「…いくん…あお…くん…」
何かが聞こえる。僕が目を開けると彼女が必死に僕の名前を呼んでいた。
「葵君!」
彼女は泣きじゃくり、僕を強く抱きしめていた。
「なぎさ…さん」
「葵君!大丈夫だよ。すぐに救急車が来るからね」
大丈夫、大丈夫と彼女はずっとそう言っていた。僕は自分がもう長くないことを察して
「ねぇ渚さん…多分最後だから聞いて」
と言った。彼女は僕の言葉をかき消すように
「最後なんてやめて!さっきだってまたねって言ったじゃん!大丈夫だから葵君は絶対助かるから!」
彼女が冷静さを失って泣きじゃくっている。こんなにも僕のために泣いてくれている。けど僕はこれ以上彼女の泣き顔は見たくなかった。
最後の力を振り絞って彼女の手をつかんだ。
「おねがい…聞いて…」
彼女は僕の決意をくみ取ったのか涙をふいて小さくうなずいた。僕は小さく息を吸って話を始めた。
「僕、渚さんと…会えて楽しいこといっぱい知れたんだ…体育祭も今までは憂鬱なだけだったけど頑張れたし…海も行けた。あの時の夕日はまた…見たいな。あとみんなで旅行も行けた。そういえば旅行の時に幽霊も見たね。あの子は元気かな…元気だといいな…」
彼女に伝えたい言葉がとめどなく溢れ出してくる。
「あぁ……あとは秋人と小桜さんの付き添いに行ったのになぜか二人で遊園地で遊んだね。あれも楽しかったな…。秋人と小桜さんにはお別れ言えないけど…まぁ秋人は強いから僕がいなくても大丈夫…かな。小桜さんは秋人に何とかしてしてもらおうかな…母さんには親より先に死ぬなんてって…言われそうだな…弟にも寂しい思いをさせちゃうな…」
彼女は僕の話を遮らないようにうん、うんと相槌を打っていた。
僕の体は冷えてきて視界も狭くなってきた。でも不思議と冷静で死ぬ間際なのにこんなに喋れるのかと少しおかしくて笑った。
「あぁそうだ…まだ渚さんに言ってなかったことがあった…」
彼女の顔を探そうと手を伸ばした。目が霞んでもうほとんど何も見えていない。彼女は僕の手を取り頬までもっていってくれた。
「なに?葵君?」
彼女は泣きそうになるのを我慢しているのが声で分かった。この言葉はこの想いだけは最後に伝えなくちゃいけない。
「なぎささんずっとすきでした」
僕はその一言を言った。彼女がどんな顔をしているのか僕には分からなかった。だけど僕の想いは伝わった気がした。彼女が僕の手をぎゅっと握り
「葵君…わた…も…」
彼女の言葉を聞くと同時に僕の手は彼女の頬から零れ落ちた。僕の物語はここで終わる。半年間の短い物語。だけどこの半年間の短い物語は誰になんて言われようと最高の物語だった。
僕が最後に視た色は透き通るほどきれいな透明色だった。