婚約破棄を言い渡された悪役令嬢は酔った勢いで年下騎士と一夜を共にする ~酔ってたので何も覚えていませんが?何かの勘違いじゃないですかね?~
「なあぁにが、婚約破棄だぁあッ!」
「シェリー様、飲み過ぎです」
「うわあああん!もう一杯!」
マスターにもう一杯と二本指を立て、ウィスキーをロックで注文する。
お酒を飲むのは久しぶりだった。
「マスターすみません、水にして貰えますか」
「いやぁああだあ!飲むの!まだ飲むの!」
私は、後ろで私の注文の邪魔をする護衛の騎士ロブロイ・グランドスラムことロイに掴み掛かり上下に強く揺さぶった。
そのたび、私の頭もぐわんぐわんと高速メリーゴーランドのごとく周り、吐き気がこみ上げてくる。
それも、これも私を振った皇太子のせいだ。
時は遡るが、数時間前――――
「婚約は破棄させて貰った」
「え……?」
頭をトンカチで殴られる衝撃とは、まさにこのことを言うのだろうと私は目の前の皇太子の言葉に言葉を失った。
酷い頭痛がする。
此の世界が大好きな乙女ゲームの世界だって言うことは約一年ほど前思い出した。超人気の甘々乙女ゲームだったから記憶にも強く残っており、何より私はこの乙女ゲームの、それも皇太子が大好きだった。知的で、眉目秀麗で……非の打ち所のない現実には存在しないであろう超絶イケメン。
だから、この一年間頑張った。彼の好感度を上げハッピーエンドを勝ち取るために。
だが……私は所詮、悪役令嬢でハッピーエンドなど待っていない引き立て役に過ぎなかったのだ。
ちょうど数週間前に、ヒロインが現われ一瞬のうちに皇太子の心を引き寄せた。勿論、私がその一年彼に対して無礼やら嫌がらせやらを行ったわけではない。そうヒロインにだって優しく接した。
けれど、私は此の世界の絶対的な力によって悪役令嬢としての印を押され皇太子に婚約破棄を言い渡されたのだ。
何もしていないのにも関わらず、社交界での評判も凄く悪い。一体私が何をしたというのだ。
「どぉーせ、私は悪役令嬢ですよぉお!」
私は机の上に突っ伏して叫んだ。プラチナブロンドの髪が机にたらりと垂れる。店の照明を受けて光り輝くその美しい髪は、光を帯びた瑞々しい白ブドウのようだ。
「……うぅ、ううぅん……何で、私はシェリー・アクダクトなのよぉお」
シェリー・アクダクト公爵令嬢。
アクダクト家の養女で、小さい頃本物の公女が死んでしまった悲しみを埋めるために容姿が似たシェリーをアクダクト家の養女として引き入れた。
シェリーは貧民街でのたれ死にそうだったとき公爵に拾われ、彼女の人生が狂い出す。彼女は、親の愛も貴族の生活も何もかも知らなかった。公爵の悲しみを埋めるために公爵家に引取られたのに、公爵は彼女に見向きもしなかった。彼女は何年もの間公爵のことをお父様と呼び続けたが、振向いて貰うことが出来ず諦めそれから横暴な振る舞いをするようになった。
誰も自分を愛さない。どうせ自分は、本物の公女の代りにはなれない。と。
その生い立ちが前世の自分と重なり嫌気がさした。
だから、シェリーと一緒に皇太子と結婚して幸せになろうと頑張ったのに……
ああ、こんな思いをするなら、ヒロインに転生したかった。
皇太子に婚約破棄を言い渡され、私はその勢いでヤケ酒をしていた。お酒を飲んでもこの虚しさを埋めるものは何一つ無く、飲めば飲むほど涙が溢れてくる。
この一年頑張った努力があの一瞬で無駄になったのだから。
「シェリー様……」
ロイはその光景を見て困り果てていた。
いつもの凛とした姿からは想像できないような情けない姿で泣き続ける主の姿に胸を痛めているのだろうか。それとも呆れているのだろうか。
回らぬ思考では、彼がどんな表情をしているのか何を思っているのか全く見当もつかない。
ただ、ロイを見て私はふと、ずっと疑問に思っていたことを思い出した。
彼は、私のたった一人の護衛騎士だ。
没落貴族家出身の騎士で、悪女と言われてきた自分の護衛を名乗り出てくれた年下の騎士である。私の護衛をしたいという人も、一年前……私が転生しこの身体になる前のシェリーは好みの人がいないと護衛を付けるのを拒否続けてきた。
そして、一年前、私の護衛になったのがロイである。
「ロイぃぃ……」
「はい、なんでしょうか?」
私はロイに近づき、その頬に手を添える。
すると、彼は少し顔を赤らめた。いつもは変わらぬ無表情な顔で、私を見つめてくるのにと、何だか少し嬉しくなった。
私だけがしってる彼の顔、見たいな優越感。きっとこれもお酒のせいなのだろうけど。
私は、そんな彼に微笑みかけると、その唇にキスをした。
「……!?」
「んははっ!ぶちゃいくなかおぉ~!」
突然のことで驚いているのだろうか。目を丸くしているロイの顔がおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
(あぁ……なんか、いい気分だわ)
頭がふわふわとして、とても気持ちが良かった。
ロイの赤褐色の髪もキラキラと輝き、カウンターの上に置かれているお酒のように透明感を放っていた。
「シェリー様、ダメです。もう、帰りましょう」
「えぇ、いやだぁ……!もっと飲むのぉ!そうだ、ロイものもうぉ?」
「……ダメです。俺は、貴方を守る義務があるので」
「けち」
私は、ロイの肩にもたれかかりながら、その白い手を握った。
何だかいつもより、彼の手が熱い気がする。それとも私がお酒の熱にやられているだけなのか。
でも、それでも良いと思った。だって、今なんか、不思議なぐらいすごく幸せだから。
婚約破棄とかどうでも良くなるぐらいに……
「そーだ、ロイぃ……ホテルとまろ?」
「ホテル……ですか?しかし、この近くには安い宿屋しか」
「う~ん、それでもいいのぉ!今日はロイといっしょにいたいのー!」
「…………」
「だめ?」
私は上目遣いでロイを見る。
本当は、こんなことしても何の効果もないのは分かってる。けれど、酔っぱらいというのは時に大胆な行動を起こすものだ。
ロイは、私の方を見ると大きなため息をついた。
「酔っているのでしょう。早く帰って休んだ方がいい。シェリー様の身体のことを考えて言ってるんです」
「私の身体のこと、考えてるの?えっち」
「違います」
と、ぴしゃりと言うロイ。
相変わらず冷たい奴めと思いながらも、その反応に満足した私はケラケラと笑う。
けれど、スッとその笑いも潮が引くように引いていき何だか腹が立ってきた。
だって、私に魅力がないみたいな。
「シェリー様、帰りましょう」
「……きなさいよ」
「シェリー様?」
困惑するロイの胸倉を掴みグッと顔を近づけた。その衝撃で、カウンターの上のウィスキーが入ったグラスが倒れたが気にしない。
ポタリポタリと床に滴るウィスキーは宝石のような雫となって落ちる。
静寂に包まれるバー。
そして、私はロイにこう吐いた。
「アンタ、私を抱きなさいよ」
ロイの瞳が大きく見開かれた。
いつもは冷静沈着な彼が動揺する姿なんて初めてみたかもしれない。それがなんだか嬉しくて私はクスリと微笑む。
そこからの記憶は、とても曖昧なものだった。ただ、熱に浮かされさらに頭の中が弾けるような強い刺激を受けたことだけが残っていた。
***
目覚めはとても悪かった。
婚約破棄を言い渡された記憶、飲み過ぎた記憶。それらが渦を巻くようにして蘇り、二日酔いも相まって私は口元を抑えた。
頭が割れるように痛いのだ。それに、口の中にまだアルコールが残っているようななんとも言えない気持ちの悪い感覚が朝から私を襲った。
「てか、ここ何処……?」
起き上がると、私の身体には見覚えのないシーツがかけられていた。ここが、公爵家の自室でないことは確かだったが何処かを確かめる術はなく取りあえずは、あたりをキョロキョロと見渡した。
そして、私は身体を起こした際に気づいてしまった。
「んんんんっ!?なん、何で私、下着姿なの!?」
私は慌てて自分の身体をシーツで覆った。
初めは、酔ったせいで戻してしまったのだろうと、結論づけようとしたが次に目に入ったもので私は絶句した。
「ろ、ロイッ!?」
部屋の隅で正座をしこちらを見ているロイの姿を発見したからだ。その上半身は何も身につけておらず、鍛えられた筋肉質な肉体が露わになっていた。彼は、ワインレッド色の瞳をじっとこちらに向け続けている。
一体どういう状況なのか。
混乱する頭で必死に昨日のことを思い出そうとするが、靄がかかっているようで思い出せない。
「えー、えっと、えーとロイ……?」
恐る恐る彼の名前を呼ぶと、ロイはゆっくりと口を開いた。
私は、心の中で何もなかったと言ってくれと祈ったが、その祈りも何も通じることなく彼は全く予想外のことを言ったのだ。
「好きです」
私は、耳を疑った。
ロイの口から好きだという言葉が出たことに。私は驚きすぎて、口をパクパクさせてしまう。
しかし、やはり頭はついていかず、昨日のことが思い出せない苛立ちとロイの意味不明な言葉に私は取りあえず目線を逸らす。
(ねえ、もしかしてのもしかしてだったらどうしよう……酔った勢いで、年下の子と……)
嫌な想像が頭を巡る。けれど、ロイにかぎってそんなことはないだろうと私は一人納得しようとしていた。
しかし、ロイから向けられる視線はこれまでのものとは違い何処か熱を帯びているような気がした。
「シェリー様」
「いや、ごめんね……私昨日の記憶なくて……えっとその……」
ロイの声を聞くだけで、身体が過敏に反応し私は顔を覆った。
そんなことはない。断じてない。昨日は何もなかった。と煩いぐらい頭の中で自己完結させようとしている自分がいる。
けれど、その反面ロイの熱い眼差しにドキドキしてしまっている自分もいて。
何だか、訳がわからなくなってきた。
というか、半裸の私と半裸の護衛が部屋の隅で正座しているというこのシュールな状況をどうにかしなければ。
「ロイ、取りあえず、服着たら?」
「シェリー様がお望みなら」
「え?いや、そういう意味じゃなくて!普通に服を着てほしいっていう意味で」
「俺は別にこのままでも構いませんけど」
「私が構わないから!」
私はロイに背を向けるようにしてベッドの上で体育座りをした。何だか、恥ずかしくてロイの顔が見れないのだ。
ロイはしばらくすると、無言のまま立ち上がり部屋を出て行った。
その後すぐに着替えたのか数分後にはロイが部屋に戻ってきたのだがその表情は先程とは打って変わって冷めきっていた。不満ありげな顔で私を見てくるのだ。
「何……?」
「覚えていないのですか、昨夜のこと」
「え、ええ」
ロイは深いため息をつくと、私に近づいてきた。
何かされると、私は思わず身構えてしまう。しかし、想像していたようなことは起こらずロイは私の前で膝を折り頭を下げた。
「体調方はもう大丈夫ですか?」
「あ、え……うん、まあ」
と、いきなり質問を投げられたため私はとっさに嘘をついてしまった。
だって、頭が割れるように痛いし、まだ気持ちが悪いから。
けれど、心配そうに見るロイを見ていたら嘘をついてでも元気な風に装うと思ってしまった。それは、主人として従者にかっこわるいところ見せられないからだ。
「シェリー様、昨夜のこと……」
「昨日は何もなかった!うん、何もなかったのよ!だから、忘れて!私がお酒によって吐いたことも、記憶ないことも全部忘れて!」
ロイの言葉を遮るようにして私は声を張り上げた。
私の言葉を聞いてロイは悲しそうな表情を浮べた。
(何よ、私が悪いみたいに……)
その態度に少し腹が立ったが、彼の言い分も聞こうかと一応、何もないとは思うが聞いてみることにした。
「…………何があったの、昨日」
ロイの顔を見てから、聞かなきゃ良かったと思ったが、やっぱり言わなくていいと言う前にロイが口を開いた。
「俺は昨夜、シェリー様を抱きました」
まるで、時が止まったかのようだった。
「え……」
***
重たい空気が部屋の中に漂っている。息が詰まる。
重い足取りで家に帰ったら、使用人達に冷たい目を向けられ侍女には夜通し探したんだと怒られ、執事長に公爵から話があると執務室に連れてこられ現在に至る。
執務室の奥にある椅子に座っている公爵、父親を見て私はこれまでにないほど汗と震えが止らなかった。
一体何を言われるのだろうかと。
「シェリー・アクダクト。昨晩は何処に行っていたんだ。公爵家の騎士と使用人達総出で夜通し探したんだぞ」
「……申し訳ありません。公爵様」
私は頭を下げた。きっとこれが正しい選択だろうと。
しかし、公爵の怒りは収まらないようで、怒りに身を任せダンッ……と机を叩いた。
「謝罪が聞きたいわけではない!お前が誘拐されたかと思って、心配したんだぞ!」
「え、誘拐……?」
私が怯えた表情で公爵を見ると、彼はそれに気づいたのかしまったと言った表情で慌てて咳払いをした。
「ああ、お前は仮にもこのアクダクト家の人間だからな。お前を誘拐して人質に……最近では、貴族を誘拐し競売場で売りさばく輩もいると聞くからな」
そう、如何にも私を心配したと言った様子で話す公爵に私は乾いた笑いが漏れた。
だって、そうでしょ。彼は一度も私のこと家族だなんて言ってくれたことはなかったのだから。
どうせ、公爵家の名に傷がつくからとかいう理由だろう。
一年前の私は、本当に悪女にふさわしい振る舞いを……酷い親不孝な子供だったから。
だから今更――――
「もう二度としません……ですが、公爵様。本当は私に消えて欲しいんじゃないですか?」
「何を言う。そんなことあるか!」
「……だって、私は所詮本物の公女様の代りですから。それに、これまで色々と面倒をかけてきた。だから、私に構わなかったんですよね。本当の娘でもないし、身の程を知らない子供だと……」
私の心は冷めていた。
父親ってそういうものだと思っていたから。
前世で、私の両親は離婚した。私は父親に引取られたけど、仕事が忙しいからと私のことをほったらかしにした。授業参観も、休みの日のお出かけも何もなかった。そうして、会話もなく私は大学に進学すると同時に家を出た。
だから、公爵もそうなのだろうと私は期待などしていなかった。
私がそう言うと、公爵はもう我慢できないといった様子でシェリー・アクダクト!と私の名前を叫ぶ。その声は震えており、悲痛な叫びといった感じだった。
「私は、お前のことを娘ではないと思った事はない」
「なら、何故私のことを避けていたのですか」
私がそう尋ねると、公爵は何も答えず黙ってしまった。
私はそれを見て悟ったのだ。結局、この人も私の本当の父親と同じなのだと。世間体が怖くて、家族のフリをしているだけだと。
そう、ばっさり切り捨てようとしたとき公爵は口を開いた。
「お前と向き合えなかったこと、今になって後悔している」
「……」
「お前を公爵家に連れてきたとき、あの子の代りになればと思っていた。だが、お前はあの子とは違った」
と、公爵は震えた声で言う。
「あの子を失った悲しみと、親を失ったお前とどう向き合えばいいか分からなかった。だから、お前の好きな風にさせていた。皇太子と結婚したいと言ったお前の後押しをしたのも、お前の幸せを思ってのことだった」
「……放任主義」
そう言われても仕方がないだろう。と公爵は頭を垂れた。
もしそのことが本当であるなら、公爵は間違った判断をした。
何故ならシェリーは、公爵に娘として愛されたいと思っていたからだ。シェリーが悪女になったきっかけの1つを作った原因はこの公爵にある。
シェリーは死んでしまった公女の代わりになろうと必死に、貴族のことを学んだ。少しでも彼女に近づこうと、彼女になろうと努力した。拾ってくれた公爵への恩返しのために。
しかし、公爵は一度もシェリーを褒めたり彼女に声をかけることはなかった。そして、いつしかシェリーは自分は愛されていないんだと思うようになる。
そのことがきっかけで、シェリーは愛に飢え、愛を求め狂っていった。愛されるためにどんな手でも使った。
しかし、シェリーに残ったのは虚しさと悲しみだけだった。
「私はただ……『お父様』に愛されたかっただけなんです」
と、涙声で言った。
それは、シェリーの言葉なのか、それとも私の本当の父親に向けた言葉だったのか……
(そう、ただ愛されたかっただけなの……私は、お父さんの娘なんだよって……一回でも褒めて欲しかった。頭を撫でて欲しかった)
すると、公爵は目を見開き驚いていた。
それはそうだ。今までまともに話したこともない娘が急にこんなことを言うのだから。
「すまなかった……お前がそんなことを思っていたなんて。本当に父親失格だ」
「……今更です」
私はそっぽを向く。
すると公爵は少し困ったような顔をしていた。
そういえば、この人は昔から私の扱い方が分からないと言っていた。きっと、今もそうなんだろう。
「私は、お父様の娘ですか?」
「……ああ、娘だ。私の娘だ。あの子のかわりじゃない。お前は、私の娘だ」
と、公爵は自分に言い聞かせるように言った。
いつも険しい表情だった公爵、父親の目から涙が流れた。そんな様子を見て、さすがに言い過ぎたかと私も反省する。
けれど、これは前世の私とシェリーの昔からのつもりに積もった不満と、思いだった。
だから、訂正はしないし、言ったことは後悔していない。そして、これからも許すことはないだろう。
だが、けして父親じゃないと思っているわけではない。父親だとしっかり認めた上で、そういう人『だった』んだと思って生きていく。
私は、父親に近づいて頭を下げた。
「親不孝な娘ですみません。もし、許してくれるのであればもう一つ我儘を言ってよろしいでしょうか」
「ああ、お前の我儘は今に始まったことじゃないからな。言ってみろ」
と、父親は困ったように笑った。しかし、その顔は何だか嬉しそうにも見えて私はほっとする。
「お父様、実は――――」
***
「ここにいたのね、ロイ」
小さな丘の上にそびえ立つ、大きな楠の木の下でロイは木剣を振っていた。彼は、騎士団の中で最年少で人一倍努力家だった。年が若いということだけで馬鹿にされないように、そして私の護衛騎士だと言うことに常に誇りを持って鍛錬に励んでいた。
ロイは私に気がつくと手を止め、こちらを振返った。
「シェリー様」
そういって彼は私の方へと歩いてくる。
その顔は疲れているようだったが、どこかスッキリとした感じだった。
「ここ、いいわね。街が一望できる」
「はい。夜景もまた綺麗なんですよ」
と、ロイは言う。
そんなロイを見つつ、私は顔を上げ空を眺める。
澄みきった青空には雲一つない。太陽はまだ高い位置にあり、日差しが強いせいか少し汗ばむほど暑かった。
「ロイ、昨夜のこと……」
「……シェリー様は何もないと言いました。なので、あの話はなかったことと思ってください」
俺たちの間には何もなかった。とロイは繰り返しいった。
しかし朝、彼は「好き」だと告白し「抱いた」とも言ってきた。私はあの2つの告白に午前中ずっと悩まされてきた。勿論今も継続で。
だから、ロイの気持ちが知りたかった。
確かに、大好きな乙女ゲームの世界に転生できたときは喜んだし、推しキャラだった皇太子と結婚したいという思いが強かった。
でも、この一年ロイと過ごしてただの年下護衛騎士という風に捉えていた自分の考え方が変わった。元々、後輩や年下は前世から好きだったし、手懐けるのが上手い方だとは自分でも思っていた。でも、それが恋愛対象かと言われたらそうじゃない。
だから、ロイの事は初め、可愛い年下の護衛の子という風に見ていた。
だけど、今は違う。
「ねえ、ロイ。私のこと好きって本当?」
「……」
私が聞くと、ロイの顔は顔を逸らしてしまう。
きっと私がロイに抱いているのは母性から来るものでも親愛から来るものでも無く、恋なのだろう。
けれど、1つだけ気がかりなことがある。
「貴方は、昔……私にわざと媚びるような態度を取っていた」
そう私が静かに言うと、ロイはハッとこちらに顔を向けた。
やはり図星だったようだ。
ロイは、没落貴族家出身だった。
だから、どうにか公爵家の人間である私に取り入ろうとしていた。それが、家のため……いや、自分のためになるからと。
そうでなければ、本物の公女でもない養女で我儘で悪女なシェリーの護衛なんてやりたくないもの。
彼は物わかりのいい子だった。彼は賢かった。
私に媚びることが生きていくために必要なのだと。彼の言動や、向けられる視線から私はこの一年薄々感じていた。けれど、ここ数ヶ月でその目が変わったような気がしたのだ。
私がその後何も言わずロイを見つめていると、彼は観念したかのように口を開く。
「シェリー様の言うとおりです。俺は、生きる為に貴方の犬になる事を選んだ。従順で物わかりのいい、ただの道具に成り下がることを選んだ」
「ロイ」
「けれど、貴方と過ごすうちに、俺は貴方に惹かれた。貴方に酔わされたんです」
と、ロイは私に向かって真剣な表情で声で言う。
その姿に思わずドキリとしてしまう。いつもは感情的にならない子だから尚更。
「貴方が笑うと胸が熱くなり、貴方が泣くと胸が痛みました。気づけばシェリー様のことしか考えられなくなっていた。これが恋なのだと気づいた頃には、もう戻れないところまで来ていたんです」
ロイは、そう言って私の手を取り自分の頬にすり寄せた。
「だから昨夜、シェリー様から誘われたとき我慢が効かなかった……本当に、申し訳ありませんでした。護衛の分際で……」
「いいよ。別に怒ってないし……寧ろ、私も嬉しい、というか。ああ!その、勘違いしないで!えっと、ロイに思われていることが!だから」
と、焦りながら言い繕うとロイはクスリと笑った。
その笑顔にまたドキドキする。
それはそうと、酔っていたため行為中のこと何て覚えていないし覚えていたとしても口にするなんて恥ずかしすぎる。
ロイは私より年下で、私の方がお姉さんなのに。
しっかりしないと、と思いつつも思われていることが嬉しくて私はもう片方の手で顔を覆った。
「シェリー様、好きです」
そう口にしたロイは、私の手にキスを落とした。
私はロイの行動に身体がビクリと反応する。
「……私も、す、好き」
私は蚊の鳴くような声で返事をする。
そんな私の様子を見るとロイは満足そうな顔を浮かべる。まるで、私の返事を予想していたかのように。
「ああ、夢みたいです。シェリー様」
ロイはそう言うと、満面の笑みで私を見上げる。
その子犬のような、尻尾を振っているように見えるロイを見ていると私まで嬉しくなってしまった。
先ほどから身体が熱く、まるで酔ったかのように頭がぐわんぐわんと回る。まだアルコールが抜けていないようだ。
私は身体が勝ち力が抜けそのままロイに倒れかかる。ロイは、優しく私を抱き留めてくれた。
「お父様と話してきたの。貴方との婚約のこと……」
「公爵様とですか?」
私が公爵の名前を出すと、ロイは驚いたように聞き返した。ロイも私と公爵の仲をしっているから驚いたのだろうと私は察した。
そんなロイを置いて私は話を続けた。
「没落貴族家出身のそれも護衛と婚約、結婚だと……!?なんて言われたけど、頑張ってお願いしたの。そしたら、許してくれるって」
「あの公爵様が……」
ロイは信じられないという顔をしながら呟いた。
無理もない。今まで散々我まま放題にやってきているのだから。父親も許してくれないだろうとロイも私も思っていた。
しかし、今回の件に関しては私も必死だった。ロイとの結婚を認めて欲しいって。それで、一度ロイを連れてこいと言われたのだ。
「だから、ロイを呼びに来たの。お父様を待たせちゃっているから、早く行きましょう」
「はい。シェリー様。片付け次第行きます」
と、ロイは私を支えながらにこりと笑った。
その笑顔1つで酔わされてしまう。
甘くて飲みやすいのに、度数の強いお酒のように……
「シェリー様?」
「えへへ、私酔っちゃったみたい。ロイからお酒の甘いにおいがする」
「……ダメですよ。俺以外の前でそんな姿見せたら、ダメです」
そう言ってロイは、私の額にキスを落とす。
私はそのロイのキスで酔いが覚めるように、顔が真っ赤になる。頭がクリアになり、何をやっているんだと自分にツッコミを入れる。
「わ、分かった。分かったわ……ロイも早く来てよね!お父様が待ってるんだから」
誤魔化すように私は、ロイに言うと彼に背を向けて屋敷の方へ走った。
すっかり酔いも冷めてしまい、自分の幼稚で酔った勢いで大胆な行動に出てしまったことを後悔……まではしていないが、反省はしている。
***
「……シェリー様、俺の言葉を信じて……本当に可愛いですね」
シェリーがいなくなった丘の上で、ロイは一人不敵に笑う。
全てが計画通りだった。
没落貴族家出身で、初めは公爵家の問題児である養女に取り入ろうとしていた。しかし、実際会ってみると彼女の妖美な雰囲気に当てられ酔わされた。
それからは、従順なフリをして機会を狙っていたのだ。
そうしてやっと回って機会を逃さず、シェリーに既成事実を作ることで惑わした。
昨夜、シェリーにあのバーをすすめたのもロイだった。
そして、計画通りシェリーは記憶が飛ぶほど泥酔し、自ら抱いてとせがんできたのだ。
だが、勿論本当に抱いたわけではない。幾らロイともいえ、酔った女性を抱くほど理性のない男ではないのだ。
シェリーが年下に甘いことをしり、それすらも利用した。利用できるものは全て利用し、彼女にとっておきなカクテルを用意した。
シェリーはもしかしたら気づくかも知れない。けれど、それまでには外堀を全て埋めてしまうつもりだ。
そうすればもう、彼女はロイのものなのだから……
酔いが覚めることないように。
「俺に酔わせて上げますよ。シェリー様」
そう呟き、ロイは丘を下っていったのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと☆5評価、感想など貰えると励みになります。
他にも、2作連載作品、短編小説もいくつか出しているので是非。
恒例のこそこそ話になりますが、今回の登場人物たちは分かりやすくお酒が名前の由来となっています。
シェリーは有名ですが、ロイ君の名前の由来となってるロブ・ロイ(ロブロイ)のカクテル言葉は『貴方の心を奪いたい』です。本編読んでもらった人は分かると思いますが、そういうことです。
それでは、次回作でお会いしましょう。




