恋の貸し借り
深夜の港町、私は手にランタンと一枚の書状をもってそこにいた。この扉の向こうの男に私は用があるのだ。
「ワトソンさんいますか」
「ああ、君かこんな夜中までご苦労だね」
「そう思うなら昼間のうちに返しに来てくれ」
そう言って私はこのワトソンという男から中身がパンパンに詰まった麻袋を受け取った。中には金貨が詰まっていた。それを確認すると私は書状を私彼にサインを求める
「これで君にお金を借りるのは何回目かな」
「20回から数えるのをやめたよ。それに君は毎回少額だからね、私としてはあまり儲けにならないんだ」
「でも、こうして取り立てに来るんだろ」
「ああそうさ、それが私の商売だからね。借りたまま逃げられたらたまったものではないよ」
この男ワトソンは返済期限は守らないくせに、私が取り立てに行くと必ず借りた金に利子をしっかりつけて待っている。私としてはしっかりと売り上げが回収できるのであまり大きな声で文句をいうつもりはない。
「ところで今日もご飯食べていくだろう」
「ああそうだな、誰かのせいでこんな時間まで働き詰めでおなかもペコペコさ」
彼に招かれるまま私は家に入り席に着く。彼は火を起こし鍋の中のスープを温める。しばらく鍋をかき混ぜると、今度はざるの中のパンを切り私の前に差し出す。
「今日は何のスープかな」
「君の大好きなトマトと牛の肉のスープさ。たまたま肉が安く手に入ったんだそれに前に買った香辛料もある」
「それはおいしそうだ」
そう言われてみると狭い彼のうちに次第にトマトの甘酸っぱい匂いが漂ってくる。そしてすぐに暖かいスープの入ったボウルが私の前に運ばれる
「飲み物は何がいいかな」
「もう遅いから水でいい」
「分かった」
「それではいただこうか」
私と彼はそれから特に何も会話をするわけでもなく、ただスープをそそり、パンをかじった。そしてあっという間に食事が終わり、洗い物を放置したまま私たちは新たに会話を始めた。
「ところでさっそくなのだが追加の融資を頼みたい」
「全く君の経済状況は悪くはないんだろ」
「いや、実はねあと少しお金が足りないんだよ」
「そう言って何度目だ君は全く何がしたいんだ」
「そうか君には言ってなかったね。私はね恋をしているんだよ。この金はその人のために必要なものなんだよ」
「何だ女に貢ぐのか」
「そう言うわけじゃないよ。それにこれ以上の詮索は金貸しとしてどうなんだ」
「いいや、ごく自然な事さ。君はいくらかしても逃げないから聞く必要がないだけさ」
「それはえらく信頼されているね」
「金貸しと信頼関係を持っても得することはないだろうに」
「それはどうかな」
そう言いつつ彼はペンとインクを取り出し次の契約を結ぶ準備をしている。この用意周到さガメツサは尊敬に値する。
「で、今度はいくら必要なんだ」
「君は話が早いから楽でいいよ」
ワトソン相手に新たな紙を用意して今で契約書を作成すること自体が等の昔バカらしく思い、先に使用して返済証明書の裏に新たな契約の文面を書き記す。いつも通り借りる額は少額、返済期限は最短、利子は法にのっとった額いつも通りの契約内容を確認し、彼は借用書にサインする。
「じゃあいつも通り、ここにお金は置いていくよ」
「待ってくれ、もう今日は遅い。だから泊っていかないか」
「いやいいよ、じゃあなお休み」
「ああ、お休み」
そうして私はワトソンの家を去った。そしてこれもまたいつも通りなのだが、彼は毎回今まで私が金を貸してきた人間たちとは違った顔をしていた。彼の顔はどこか悲しげだった
金貸しが返った後ワトソンは一人食事の後片付けをしていた。あとに残ったのは彼がおいていった金の入った麻袋だけだった。何度彼を誘っても彼はこの家に一度だって泊ったことはない、適当に食事を済ませ、新規の契約を結び帰っていく。だがそのわずかな時間彼と接することが出来る。ワトソンにはそれが幸せでたまらなかった。だから必要もない借金を重ねていた。すべては彼との二人きりの時間を作るため、毎回彼が来る夜は部屋をきれいにし、できるだけ新鮮な食材を使い夜飯をこしらえる。そして笑顔で彼を迎え入れる。この一連の流れをあと何回繰り返せば彼は私の恋心に気が付くのだろうか。ワトソンの心には常にその思いだけが募っていく。
彼からもらったこの思いをいつか彼に返さなければならない。そして今度は私が彼の恋心を借り受けるのだ。きっといつかその日が来ると信じてワトソンは今日もまら新たな契約書をタンスにしまった。