表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/135

第九十六話 甘い誘惑

「近藤は気分が悪くなったから涼んでくるそうだ」


 流石にパッドが外れたと大声で言えるほど俺の神経は太くない。


「そうですか。では夏帆が先にどうぞ。私は玲奈を待っているので」


 もうちょっとヒロインレース的なことしてくれてもいいのに。

 ま、二人とも別に俺のヒロインってわけじゃないから仕方ないか。


「それでは行きましょうか」

「おお」


 ふにゅんという言葉が適切なほどに柔らかい土屋の胸は俺の腕を簡単に飲み込んだ。

 更に俺が一度水に浸かって冷えているからか温かさもあって抜群に心地よい。

 土屋に引っ張られるようにして俺は鮫島達がいたテラス席を離れた。


「ん、スライダーには行かないのか?」


 進行方向的にさっきとは真逆に行こうとしていた土屋。


「実は私、スライダーとかジェットコースターとか苦手で……」

「ああ、そうなのか。なら、どうする? 鮫島と交替するか?」

「まさか。お風呂に行きませんか?」

「はいよ」


 プールとは反対にあるお風呂ブース。

 一般の温泉施設と遜色ないレベルの温水スペース。


「うわぁ。広いですね!」

「土屋の家よりも?」

「……」

「これより広いってマジ?」

「ここまで種類はないですけど、広さだけなら負けていませんね」

「名家ってすげぇな」


 地元でも有名な施設の温水エリアと同等て。


「入りましょう?」

「俺大きい方に入りたい」

「ダメです。折角女の子と二人キリなんですよ? そんな密着出来ない場所じゃダメです」

「ダメですじゃねぇよ。俺の理性ぶち壊す気か」

「はい」


 お淑やかに返事して見せる土屋夏帆。

 

「……分かったからそんな顔するな」


 頬を膨らませ、泣きそうな顔されたら耐性がない俺は従うしかない。

 広さ的には俺の家の湯船と同じくらいだが、形は円形、高校生二人が入るのには狭いと言える広さ。


「気持ちいですね」

「ああ。もちもちだ」


 水温はお風呂より少し低い温度で三六度。

 ただプールで冷えた身体には心地がいい。


「えっち」


 密着するから嫌だってさっき言ったばかりだろうが。

 水着と言えど肌は露出しているしそれが当たれば当然柔らかい。

 温水でスベスベになった肌は触れるだけで俺の心臓が跳ねる。


「こうして同年代の誰かと一緒に遊びに来られるなんて嬉しいです」


 そういう土屋の顔は笑っている。

 年相応の少女のように嬉しそうに。


「昨日のBBQだって初めてやりましたし、楽しかったです。その前の買い出しだって初めての経験です。自分の家以外で寝泊まりするなんて小学校の八ヶ岳以来です。どれだけ私の初めてを奪うんですか?」

「楽しんでるなら結構。俺も楽しいよ」


 まさか同級生、しかも女子と遊びにいくなんて思いもしなかったわけだし。


「はい。とても楽しいです。楽しすぎてくっつちゃいます」

「近いっての」

「私、結構尽くす方ですよ? 私と一緒になればその後の生活は安泰ですしなんなら、働かなくてもいいです。日がな一日ゴロゴロして賭け事とかにハマり頑張って働く私のお給料から取っていく。結果が良くなければ私に強く当たる。完全ストレスフリーで犯罪行為さえなければなにしても私は許します。どうですか?」


 なんと甘い誘惑だろうか。

 もしこれが数年後、就活に失敗して身も心もボロボロだったら俺はきっと即答していただろう。

 だが言った時期が悪かった。


「人間を辞めたくはないんでね」

「ただの依存関係ですよ。いい響きじゃないですか? お互いがお互いを必要として生きていけるなんて素晴らしいことです」

「言い方次第だな。俺はお互いをお互いを尊重しあえる自立関係を望むけどな」

「私はどっちでもいけますよ?」

「とか言って、男を堕落させるつもりだろ」

「最初の数年だけ自立させて相手が満足したら堕落させます」

「悪魔かな?」


 悪魔ならもっと分かりやすく堕落させてほしい。

 そんなじわじわと蝕むようにやらなくてもいいだろうにと。


「話は変わるんですが、鮫島さんの元彼氏ってどんな人だと思いますか?」

「本当に急だな。さあ。皆目見当もつかないな。鮫島の好きなタイプだってさっぱりなんだ」

「本当ですか?」


 そう聞く土屋は俺を試すように視線を向ける。


「俺が元彼氏だと? 俺が浮気するような人間に見えるのか?」

「……今も浮気といえば浮気では? ああ! ごめんなさい! 出ようとしないでください!」


 まだ友達止まりの女子と一緒に温水プールに入っただけで浮気認定されるなら俺はどんな欲望も振り切れる。

 現に今、土屋夏帆の柔肌という誘惑から振り切った。


「冗談です。見えませんよ?」

「それに、鮫島は浮気『された』と言った、つまり男が有責なわけだ。有責な男が偉そうに鮫島に隠し事したり指示したり出来ないだろ」

「確かに……かなり神経が図太い方ですね」


 堪えろ鷹山来夢。俺と鮫島の関係を隠し通すには己の血で覆うしかないのだ。

 必要なダメージだ。


「生憎俺は、自分に非がある状況で強くは出れないな」


 今こうして俺が鮫島と対等にやっていけるのは、俺の神経が図太いからじゃない。

 鮫島が浮気相手だと思ったのは従姉で、もうそろそろ四〇歳にもなろうというおばさんで、冤罪だから。


「私が模試の日に呼び出した時も腰は最初低かったですもんね」

「鮫島が怒っていると思ったからな」


 だが怒りの矛先は俺ではなく土屋に向いていたから普通に接することにしたまで。

 これで俺と鮫島を切り離せたかと思ったがそう簡単にはいかないらしい。


「ですが、鷹山さんの性格を例に出すなら、『非がなければ同じ行動が取れる』ということですよね?」

「つまり?」

「疑われて堂々としていられる状況……冤罪であれば鮫島さんの元彼氏が鷹山さんでも同じ状況が作り上げられます」

「ん……ああ、まあ。そうだな。男側に非はないわけだからな」


 まさか今の会話でそこまでの推理をするとは。肌の感触にドキドキしてる場合じゃねぇ。


「仮に、俺が過去に鮫島と付き合っていたとして、なにか不都合でも?」

「いえ、特にないですよ? ただ鮫島さんを追及するには証拠が足りませんしなにより、怖いです」

「分かる」


 鮫島から真実を引き出すには、決定的な証拠が必要となる。

 当事者である俺ですら掴めていないものを部外者がそう簡単に掴めるものではない。


「ですから、こういう推理ゲームじみたことに付き合ってくださる鷹山さんにカマをかけよ……お付き合いいただこうかと」

「いやいや、誤魔化すのは無理でしょ」

「口を滑らせました」


 素直でよろしい。


「さて、そろそろ三〇分だ。鮫島と交替だな」

「最初のイチャイチャが長すぎでしたね。男の人なら肌をくっつければ簡単に吐くと思ったんですが、意外と理性が仕事してましたね」

「当たり前だ。俺を舐めるな」


 さっきまでガッツリ理性がサボってましたけども。

 これ以上の追及を避けるために俺と土屋は、鮫島と近藤が待つ飲食スペースへと向かった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ