第九十三話 「なんだ、好きなんじゃん」 ※彩音視点
夏帆と玲奈とバトンタッチした私はキッチンの影で座り込んでしまった。
「な、なぜあんなことを……」
この友人との時間が楽しいのは確かだし、気持ちがウキウキしているのも確か。
でも自分の口から本音が飛び出すとは思わなかった。
「どうしたの?」
私が座り込んでいると海老名さんが声をかけてくれた。
「具合悪い?」
「いえ、平気です」
「そっか。具合が悪くなった時には早めに言ってね?」
「はい……あの、海老名さんは高校時代の先輩後輩なんですよね?」
「うん。そうだよ~」
「旦那さんとの関係で悩んだりってありましたか?」
一刻も早くこのモヤモヤを晴らしたい。
そんな気分で初対面の女性に聞いてしまった。
「なかったよ。関係を邪魔されるほどの障害がなかったとも言えるけど。あの男の子のこと?」
「そういうわけじゃ……そう……ですね」
他人に知られる恥ずかしさとちゃんとした意見を貰いたいという相反する気持ちがぐちゃぐちゃになって目が回ってくる。
外では彼が玲奈に野菜も食べるようにと言い、玲奈は断固拒否で言い合いになっている。
とても楽しそうだが、私にはあそこまで心のうちを晒すことは出来ない。
「一番手っ取り早いのは二人キリの時に聞いちゃうのが一番だけど……出来る?」
「無理です」
「だよね。それが出来るなら悩んでないもんね。うーん」
やはり旦那さんが言っていたように彼女は攻撃力極振りの押せ押せスタイルのようだ。
相手の気持ちが気になったら直接聞けるし自分の気持ちも隠さず伝えられる。
日々「大好き」と言っていたのは嘘ではないようだ。
「パッとは思い浮かばなかったけど遠回しに聞くのは?」
「遠回し……ですか?」
「そう。んーなんか一緒に作業してて楽しいかーとか、あ! くっついて嫌がらないかとか!」
確かにハッキリと言葉にしない分伝わりづらくはあるが、反応を確かめることくらいは出来る。
「でも彼は嘘つくのが本業レベルで上手いんです」
「うわー先輩みたい。でも平気だよ。本意が分からないなら嘘をついても意味がないから」
「それでも彼は保険で嘘をつくんですよ」
「んーそれなら嘘をつけない状況にすればいいんだよ。刃物突きつけて個人的に嘘だと思ったら切るとかね?」
「今まで刃傷騒ぎにならなかったのが不思議ですね」
ただ嘘をつけない状況にするというのは共感できた。
圧が強いとよく言われるからおそらく彼はもう並大抵の圧じゃ屈しない。
だったらその逆、圧がなくふにゃふにゃな私ならどうだろうか。
状況を作るのは大変だけど、明日は丁度サニーランドへと行く。
上手くいけば二人キリになれるかもしれない。
「彼のこと大事なんだね」
「は? あ、いえ。そんなことないですよ。彼とあの二人と比べられたら迷いなく二人を取ります」
「ほんとー?」
「はい」
「でも大事じゃなかったらどうして悩むの?」
確かに、友人との関係で悩むなんていうのは進展させたいか、荒れていて付き合き方に困っているかの二通り。
そして彼は特別荒れているわけでもない。
隠し通したまま相談するのは難しいため他言しないというのを条件に彼との昔を語った。
「彼は元彼氏なんです。破局の原因は彼の浮気で……」
「殺そう。愛する人を放り出して他の女にご執心なんて許されないよ。殺されても死体隠せば平気平気。あ、隙作るなら任せて?」
「やめてください。彼に恨みは……ありますけど、彼の意見は一貫して誤解ということです」
「浮気する人の常套句じゃない? それに嘘の常習なんでしょ? 私は信じられないかなーそのままサックリいっちゃう」
旦那さんよく死んでないな。ホントに。
少し女性と話してたら包丁が飛んできそう。
「それが彼の中では誤解と証明できるものがあるようで……でもすぐには用意出来ないみたいな? その辺は分からないですけど」
「どんなものか聞けばいいのに。ま、聞けるなら付き合い方に悩んでないよね」
「待つと言ったのは私ですから」
「なんだ、好きなんじゃん」
海老名さんから言われた一言に私の心臓はギュと抱きしめられたように苦しくなった。
まるで理解するのを拒むように。
「ち、違います」
「違うの?」
「はい。嘘なら嘘でいいんですよ。待つといっても期限はありますし、その時に証拠が用意出来なくて惨めに弁明する姿が見たいだけです。その場を嘘で乗り切るならどんな嘘か見たいだけ。あくまで興味があるだけでそこに彼への恋情や愛情があるわけではありません」
「ふーん」
なにか言いたげだが人の考えていることを考えるのが苦手な私には分からない。
彼なら目線だけで人がなにを言いたいのか汲み取ったりするのに。
「そういうならこれ以上踏み込まないけど」
「そうして貰えると助かります」
「ま、私から伝えられることは伝えたし! 食べよ! あんまり長く話してると怪しまれちゃうからね」
「そうですね」
切り替えなければ。目線で伝わってしまうなら顔に出したら確実にバレる。
いつものように。真顔を貫けば平気。
そう思うだけで。
楽しそうに笑う彼を見るとさっきのように心臓が苦しくなる。




