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第八十八話 枕としては最上級

「っしゃおら! 出発だ! お菓子は三千円までだ!」

「……ふぁあ。朝から元気ですね」

「そういう鮫島さんは眠そうですね」


 地元の駅前で各々涼しそうな恰好をする鮫島達。

 今日は小旅行の出発日である。


「ん。鷹山なんか疲れてる?」

「中学生の妹と朝からバトルしてきたからな」

「桃のことですから、準備段階で駄々こねそうですね」


 ああ。だから夏休みの課題を初日で終わらせたら連れていくと約束した。

 しかし、昔の俺と同じく勉強がてんで苦手な桃は達成できず。

 達成できなかった事実と中学生という年齢を振りかざしねじ伏せてきた。



 電車のホームへと移動すると既に電車は来ていた。

 丁度四人掛けのボックス席が開いていたため座ることに。


「私は彼とはす向かいがいいです」

「なんで?」

「隣で寝たら身体をまさぐられそうで……」

「鮫島お前深夜テンションだろ。目元に若干くま出来てるぞ」

「やらないと断言できますか?」

「出来るが!?」


 例え彼氏彼女の関係だったとしても外でやるかそんなこと。


「では隣は私が座りますね? もし身体をまさぐられても関節くらいは外せますから」

「頼もしー。じゃあわたし鷹山の前か。あ、ごめんスカートじゃないや」

「気にしてないから」


 近藤はいつものようにオーバーオールで半ズボン。


「ちょっと」


 座席の間にあったひじ掛けを上げた近藤はそのまま鮫島の膝に頭を置いた。


「おやすみ」


 そのまま目を瞑って夢の中へ。

 前日はぐっすり眠れる派とは。

 寝かせておいた方が静かだしいいけど。


 電車が出発してほどなく、まだ見慣れた景色であるうちに鮫島も寝てしまった。


「鮫島さんって遠足の前日とか眠れない人ですか?」

「いや……どっちかというと忘れ物がないか不安で眠れなくなるタイプ」


 特に遠足や旅行の時など家にすぐ帰れない場合は眠れないだろう。


「鷹山さんも眠かったら膝どうぞ?」


 自分の膝をぽんぽんと叩いて微笑む土屋夏帆。

 座った太ももがむにーっと広がり枕としては最上級。

 どんな最高級羽毛ですら敵わない。

 

「眠くないから平気。ありがと」


 言ってすぐに特大の後悔が押し寄せた。

 今黙って頭を乗せていれば美少女の膝枕で寝れるチャンスだったのに。

 恥ずかしさなんて寝てしまえば関係ないわけだし、勿体ないと俺の全細胞が言っている。


「あら残念。もし眠くなったら言ってくださいね? いつでも来ていいですよ」


 耳元で囁かれた一言はまさに悪魔の誘惑。

 今まで悪魔の手に落ちる物語のキャラクターに対して「自制心ないのかよ」とツッコミを入れていた。

 だが今こうして味わってみるとその威力が身にしみてわかる。

 そして理解した。

 自制心などいくら持ち合わせても無駄だと。


「眠くなったらな」


 だが悪魔の手に落ちそうになるところを鋼の意思で耐えてやった。

 今鮫島彩音が起きたら今までの苦労は水の泡になる。可能性ではなく絶対に。

 一週間の夏期講習でほんの少し距離を縮められた気がしたんだ。

 決め手がないだけで解決まではほぼ見えていると言っていい。

 そんな状況まで持ってこれたのにリセットは嫌だ。


「民泊の周りにはなにがあるんだ?」


 ジリジリと詰めてくる土屋を離すために話題を変えた。


「柳市や、鷹山さんの地元の倉本市と比べればなにもないと言えるんじゃないでしょうか」

「周り田んぼだらけとか?」

「そこまで田舎ではありませんが、都心と比べると遊べる場所も少ないんじゃないでしょうか」


 そういう人達って遊びたい盛りの学生時代をどう過ごしたのか凄く気になる。

 ネットが発達した昨今ならネットゲームとか本屋が無くても電子書籍で事足りてしまうが、たまには外に遊びに行きたくなるものなのでなかろうかと。


「鷹山さんはなにか暇つぶしの道具とか持ってきてますか?」

「全五教科の参考書」

「……」

「冗談。特に思いつかなくて持ってきてない。最悪現地調達でいいかなと」


 勉強を始めるまえだってゲームと漫画とか一人で遊ぶことがほとんどで。

 時たま妹とゲームするくらいだったし。


「民泊には猫ちゃんがいますから暇になることはないと思いますけどね」

「鮫島が喜びそうだ」

「鮫島さんは猫が好きなんですか?」

「ああ、犬より猫派だったはずだ」


 中学の時の記憶だから曖昧だけど。


「それより土屋。近い。俺もう座席の半分でしか座ってないんだけど」

「気のせいですよ」


 俺の肩は壁にくっついて反対側の肩には土屋の肩が密着している。

 

「ぐいぐい行くと言った私ですが、恥ずかしながらタイミングが分からなくてですね。ずっと足踏み状態でした」

「進むのは今だと?」

「はい」


 鼻先レベルの距離で笑われたら嬉しさとかより恐怖の方が勝る。

 細い指が俺の胸を這って頬へと忍び寄るかのように上がって来た。


「いつでも来てくださいね? 夜這いだろうと日常のセクハラだろうと受け入れますよ」


 そこまで行ったら俺はきっと牢屋の中だろう。

 鮫島彩音の手によって。


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