第八十六話 俺の命よりアイスの方がこの時期絶対需要ある
「今日は怒ってくれてどうもありがとう」
夏本番で夕方になっても日は高く、暑い。
蝉も絶好調と言わんばかりに求愛行動に勤しんでいる。
「なんですか急に」
「いやあ。俺が馬鹿にされて怒ってくれたじゃん? それにライバルだとも言ってたし」
「まさか真に受けたんですか?」
「嬉しかったからな」
嘘偽りない事実。
一方的にライバル認定しているわけではなかったのだ。
「貴方をライバルと言ったのはその場のノリで、怒ったのは他生徒の頑張りを侮辱したものだったからです」
「俺だけじゃなくてあの場にいた全員のためだったと」
「当たり前です。第一……私はまだ貴方を許したつもりはないです。今こうして帰っているのも、万が一に備えてですから」
「そうかよ。利用してるだけね。んじゃ、今この場で説明すれば許してくれるのか?」
「情報ソースがしっかりしていれば。いくら私でも事実を捻じ曲げることは不可能ですし。曲解は自分の首を絞めるだけですから」
「それが出来たら高校上がる前にやってるって」
鮫島が浮気相手と勘違いした従姉とは連絡がつかなくなっている。
電話番号が変わったせいで電話は出来ない。
従姉はもう三十路、なんだったら四十路近い年齢でどこにいるのかも不明。
俺の母親の家系で、連絡がつかないか相談してみたがダメだった。
今すぐに解決するなら、日本中隅々まで探す必要がある。
高校生で未成年且つそんな資金も時間もない俺には無理な戦法。
唯一ある情報と言えば、去年に従姉が言った「数年家には帰ってない」という言葉だけ。
それだけでどうやって辿り着けと。一休さんでも中指立てるレベルの問題である。
「それに、誑しは嫌いです」
「俺のこと?」
「土屋夏帆」
「ああ……ハハ」
土屋の彼女候補のことを言っているのだろう。
「だけど! なんで彼女候補なんて言い方をしたのか考えてみれば分かるだろ?」
「さあ。貴方から見てどうか分かりませんが、私は夏帆がなにを考えているのか全くわかりません」
「それは俺も一緒」
ぐいぐい行くと言った割には大人しかったからどう動けばいいのか分からなくなっている。
それともこれが土屋基準のぐいぐいなのだろうか。
いや、体育祭準備の段階でも密着させて見せたならあれくらいかそれ以上のことだろう。
密着以上か……やめよう。暑さで変な方向に思考がいきそうだ。
「今回の民泊だって夏帆が言い出したことです。なにか動きがあると踏んでいますが?」
「俺はマジでなにも聞かされてないぞ」
「……」
「本当だって。アイス賭けてもいい」
「そこは命では?」
「俺の命よりアイスの方がこの時期絶対需要ある」
駅まで徒歩で十五分程度の道のりだが炎天下ではその時間も伸びたように感じる。
途中コンビニにより小休憩。
家からコンビニまで徒歩五分くらいの位置だからもうすぐ。
「片方あげる」
「賭けに負けたという降伏宣言ですか?」
「違う。熱中症対策」
スポーツ飲料二本買うより安いというだけだ。
「ま、あれが浮気じゃないって証拠はいつか絶対、揃えるから」
「それまで待つ義理はないですけどね」
「そりゃそうだ」
ただ今鮫島彩音は勉強に集中したい時期であり、恋愛が二の次になっているだけだろう。
だがどこで出会いがあるか分からない現代。
鮫島の辛抱強さに甘えてうだうだしている時間はない。
なんの情報もなく、当事者の従姉も行方不明。お先真っ暗どころか足元すら真っ暗な状況でどう打破しろというのか。
無慈悲すぎる。
「少なくとも私は高校三年間は勉強に力を入れると決めているので。貴方の話を聞くのは卒業後になりそうですね」
「三年もかけねぇよ。それまでになんとかする」
「……一途な人」
「なに?」
ぼそりと呟かれた言葉は大合唱する蝉の声にかき消された。




