第七十九話 「そもそも必要なかったり」
「別に毎日付き合わなくてもいいんだぞ」
「なんだよ。わたしは邪魔ってか!? 恵ちゃんになにする気だ!」
「そういうことを外で言うな」
「鮫ちゃんの前で言ってやる」
「死んだ方がマシだ」
結局殺されるから一緒だしな。
「恵ちゃんの家に行くのは全然負担じゃないよ。むしろ店番しなくていいから放課後に一生用事があればいいのにって思う」
「家業くらい手伝えよ」
「生まれてからずっとこき使われるわたしの気持ちが鷹山に分かるか!」
「謝るからくっつくな暑い」
六月も中盤に差し掛かればブレザーなんて着ていられない。
「明日から夏服なんだからいいじゃん。よかったな。透けたブラジャーが拝み放題だ」
「女子だって対策してくるだろうよ」
「いやどうだろうね。面倒だし、見られても減るもんじゃないしね」
「そもそも必要なかったり」
「殺すぞ」
近藤のこと言ったわけじゃないのに。
四日目ともなれば藤堂家への出入りはインターホンを押さなくてもよくなった。
一々出るのが面倒らしい。
リビングには行かず玄関で「お邪魔します」と声に出して二階へ。
「藤堂。今日のノート」
「あ、ありがとう」
進捗として藤堂は声を出してくれるようになった。
「恵ちゃん。明日から夏服だぜ。その豊満なおっぱいを惜しげもなく晒す時期だよ」
「えっと……」
「やめなよ。藤堂困ってるじゃん」
「お、大きくてもいいことないよ? むしろ邪魔というかない方が……」
「今すぐ切除手術してやるから、今すぐこの扉の鍵開けろや」
堅気の人間じゃない人がいるな。
爪とぎをする猫のように扉にしがみつく近藤。
時間帯が時間帯なら妖怪のよう。
「やめろって。藤堂怖がってるだろうが」
心の距離を縮めようと地道に努力してんだから怖がらせてどうする。
「今のは絶対に煽ってたって!」
「藤堂はそんなことしないって」
「ご、ごめんなさい! その悪気があったわけじゃ……」
「次言ったらこの扉ぶち破ってやる」
「抑えて」
扉の前でファイティングポーズをする近藤を座らせて、藤堂がノートを書き写し終わるのを待った。
俺の癖が分かったのか書き写すスピードは上がっていた。
そしていつもなら扉の下から付箋付きで返ってくるのに今回は扉が開かれてノートが返って来た。
「お? 削ぎ落される覚悟が出来た? よっしゃ鷹山、抵抗しないように羽交い締めにしろ」
「やめろっての。どうした。読めない文字があったか?」
一応藤堂に見せるように最近は綺麗に書くようには心掛けている。
がしかし、癖というのは恐ろしいもので時々自分でも読めないくらいに字が乱れる。
「その、そういうわけじゃないんだけど……鷹山くんには謝っておかなきゃいけないことがあって……」
「俺に?」
藤堂になにか謝罪されるようなことはされてないんだが。
少なくとも体育祭後のここ数週間の間ではない。
「上履き、隠したの私で、それで怪我を……」
「ああ。あれか」
入学してまもなく俺と鮫島の上履きが無くなり、それを捜索中に俺が怪我をした件だ。
俺に怒られると思ったのか藤堂は扉から目だけを覗かせていた。
「怪我が発覚した時にも言ったけどあの時すでに治ってたし、気にしてないから」
「むしろ鮫ちゃんに下敷きにされて役得だったろ」
「近藤も階段の上の方から落ちてみるか?」
やるのはとても簡単。
階段の中腹からでも後ろに飛べばいい。俺と同じ衝撃を味わいたいなら米袋でも抱えてほぼ同じ衝撃が背中に伝わる。
「痛かったってのが正直なところだけど、藤堂が責任感じることはないって。それで半身不随とかならこうやって笑ってなれないけどさ」
「そーそーどうせ未来の指示でしょ?」
「……」
この場での無言は肯定になるっていうのに。
「本当に気にしてない。痕もなく完治してるしな」
俺はサラッとなんてことないように流した。
負い目を感じている人に詳細を聞かせるのはマイナスな気がしたからだ。
「それじゃ、藤堂。また明日」
そしてこの頃には俺は「学校で」とは言わなくなった。
上履き隠しの実行犯が藤堂恵美だった。
俺や鮫島に助けを求められなかったのはその障害のせいもあったのだろう。
「恵ちゃん、声引きつってたね」
「そりゃそうだろ。自分のしたことで他人が怪我をしたんだ、俺だって申し訳なくなる」
「でも指示されたことだし仕方なくない? 逆らえない状況だったら悪くないって思えるでしょ?」
「そう考えられる人と考えられない人がいるんだよ」
「鷹山は?」
「後者」
自分に悪くないと言い聞かせるが、心のどこかで負い目を抱えて辛くなるタイプ。
「不便な生き方してるにゃー」
便利な生き方が出来たら人生はとても楽しいだろう。
考え方次第で逆境も楽しめるのだから。理屈っぽいと言われる俺が便利な生き方が出来るようになるには何十年という歳月がかかるだろう。




