第七十八話 その否定が究極に難しい
藤堂の家に行った次の日、教室に行くと土屋の後ろは空席だった。
ま、言葉だけじゃ無理だよなぁ。藤堂は実際に被害に合っているわけだし。
「鷹山~。恵ちゃん来なかったね」
「そりゃ証拠がなきゃな」
いくら俺が大丈夫と言ってもなにも変わらない。
きっと嘉川だって同じことを言うだろう。
言葉で解決出来るなら藤堂は学校に来ているはずだ。
「今日も行くの?」
「行ってなにが出来るか……」
人間の心情なんて山の天気より変わりやすいものを信じろというのがそもそも難しいのだ。
時間がかかるのは仕方ないにしてもなにかいい方法はないものか。
このままじゃ押し問答だし。
放課後になるまで考えたが説得力になりそうなものはなかった。
「近藤は落ち込んだ時にどうやって乗り越える」
「え? あー甘いもの爆食いしたりとか? 音楽爆音で聞いたりとか。鷹山は?」
「ひたすら勉強」
「……」
二人とも当てにならないという。そんな気はしてたけど。
いや、落ち着け鷹山来夢。藤堂が恐れているのは鮫島達からのイジメだ。
それを否定出来ればいいんだ。
それが究極に難しいわけだけど。
「また来たのか」
嫌そうな藤堂ママだが嫌そうながらも家には入れてくれる。
期待しているのかそれとも試しているのか。
そして相変わらず近藤は俺の後ろに。
今回は強制じゃないから帰ってもよかったのに。
「藤堂。気分はどうだ。今日の分のノート。俺のやつだから字とかは勘弁して欲しいけど」
扉の下から差し出すとゆっくりと控えめに中へと入っていった。
お返しにと一枚のルーズリーフが出てきた。
「平気。おー平気ならよかった! 明日は学校来れそう?」
ルーズリーフを返却すると「分からない」と書かれて出てきた。
「そうか。授業ノートは毎日学校がある時には届けに行くがいいか」
「よろしくお願いします。コピー機みたいで楽しい」
コピー機そんなに楽しいか?
俺はコピー機を使って楽しいと思ったことないけどな。
大量に紙が出てくるところは見てて楽しいけど。
「了解。写し終わるまで待ってるからゆっくりでいいぞ。近藤、今日学校でなにかあったっけか」
「あー鷹山が鮫ちゃんの胸触った話する?」
「あれは近藤が意味もなく蹴るからで、俺のせいじゃない」
人間の重心ってのは不思議なもんで、腰当たりを蹴られたら人間は簡単にバランスを崩す。
バランスを崩した結果、近藤とは反対側にいた鮫島の方向と倒れたのだ。
「めっちゃ怒られてたもんね」
「近藤がな」
「なんで触った鷹山よりわたしが怒られなきゃいけないのか理解が出来ない」
「元凶って言葉知ってる?」
人を蹴るという行為自体イイ事じゃないし、それによって損が出ればそりゃ怒られる。
静かに怒るという典型例ではあるものの実際にやられるとめっちゃ怖い。
教室が静まり、再び声が出たのは昼休み後のチャイム。談笑できる空気ではなかったのだ。
「あとは……プール掃除やってた」
「水泳の授業は七月だけどな」
「よかったな。鷹山。大好きな鮫ちゃんの水着姿見られるぞ」
「残念なことに水泳の授業は完全男女別でお互いに水着を見ることはないんだよ。体育の先生が言ってたから間違いない」
「ざまぁ! にゃははははは!」
あの時の男子の落胆と来たら過去一番じゃないか?
リア充非リア関係なく落ち込んだものだ。
しばらくしてドアの隙間からノートが付箋付きで返って来た。
「ありがとうございました」と書かれた付箋に「どういたしまして」と言葉で返した。
「それじゃ、また明日」
「明日ねー!」
結局藤堂との心の距離は縮まらず、成果としてはゼロ。
ただ今はそれでいい。一朝一夕で縮まる心の距離なんてないし、ほぼ毎日会う約束が出来ただけでいい。




