第七十一話 俺と嘉川どちらが当てはまるのだろうか
自動販売機前まで来ると見覚えのある人物がいた。
「っ!?」
藤堂恵美。
俺のクラスメイトで調理実習などで一緒に作業したことがある。
緑色の髪に目元は見えないが時折赤い瞳が怯えるように俺を捉える。
そして今は見てはいけないような目で俺を見ていた。
いったいどんな姿や顔をしたら一目で恐怖を与えられるのか。
少なくとも俺はそんなに強面でも恐れられるような過去はない。
「藤堂、どうかしたか?」
藤堂は静かに首を横に振った。
手には白い財布、足元には籠に入った大量の飲み物。
運動部の手伝いだろうか。
「その大量の飲み物、運動部に?」
「そ、そう。人手が足りないから代わりに買ってきて欲しいって」
目元が分からないとここまで感情が読めないのか。
普段から声が震えている藤堂の感情を声で判断するのは難しい。
そうなると表情しかないが、目から下しか見えない状況じゃそれも厳しい。
「重いだろ、代わりに運ぼうか?」
「だ、大丈夫だから! そ、それじゃ!」
パックとペットボトルが十本ほど入った籠を軽々と持ち上げるとそのまま校舎へと戻ってしまった。
すげぇ力。空ならまだしも中身入りをああも軽々しく持てるもんかね。
いつもの炭酸飲料を買おうとしたが生憎売り切れ表示。
ここ最近暑い日が続くから飲み物を買う人が増えたせいか。
そしてまた一人、自動販売機という避暑地に非難してきた人が。
「よぉ。こんな時間までクラス委員の仕事?」
避暑地に現れたのは嘉川幸樹だった。
ジャージに汗シミが出来るほど汗をかいているのに不潔感が全くない。
偏に元々の清潔感が違うのだろう。
「いんや、近藤の恋活強化の付き添い」
「相変わらず仲いいな」
嫌味でもなんでもないただの感想。
それなのに嘉川が発すれば恋の始まりの合図となる不思議。
「そっちは。結構追い込んでるようだけど」
「インターハイ出るからさ。今から調整かけないと失敗したくないし」
「予選通過したのか」
運動部に入ったことがない俺でもインターハイというのは聞いたことがある。
高校の全国大会がインターハイなわけだが、その出場枠を勝ち取るのにどれほどの努力が必要なのか。
その努力を前に俺はこんな風に笑っていられない。
「ああ、ギリギリだったけどな。二メートルぴったこれが限度だ」
「普通にインターハイ通用するだろその高さ」
パッと調べた感じ去年のインターハイ一位の記録が二メートル九センチ。どういう測り方かは分からないが今から調整して上手くいけばインターハイ優勝も夢ではないように感じる。
「その数センチが難しいんだよ。鷹山だっていつもの三人を同時に相手しろって言われたら大変だろ?」
「なるほどな。言い得て妙だ」
嘉川は「そういうこと」と満面の笑みで笑うと半分飲んだ麦茶を持ってグラウンドへ帰っていった。
もし仮に、「青春している」という言葉に定義があるならば、俺と嘉川どちらが当てはまるのだろうか。
そんなことを考えながら図書室へ。
図書室はいつも通り静かで放課後も中盤へと差し掛かったからか人が増えたように思える。
部活などで行き詰まりリフレッシュさ資料探しのために図書室を利用する人たちだ。おそらく。
「随分遅かったですね」
「青春とはなんたるかを考えていた」
「は?」
高校生には大事なことだからそんな冷めた反応しないで欲しい。
「近藤は」
「今度のターゲットは神崎先輩です」
近藤の前に座るのはショタ先輩こと神崎真紀先輩。
特に本などは持っておらず近藤の話をただひたすらに聞いているだけのようだ。
「――だからわたしは今恋活強化期間なわけですよ!」
「そうなんだ。具体的にはどんなことを?」
「彼氏を作るが目標です」
「そっか。目標は大きくだもんね」
会話になってそうでなってない二人。
プリンの成分を聞いているのに元気よく「プリンです!」と言っているのと全く同じことが目の前で起こっている。
これには鮫島もこめかみを押さえて苦しんでいる。
「やあやあ。鷹山くんじゃないか」
「ども」
こちらに気が付いたショタ先輩に会釈だけして少し離れた席に着いた。
「さっきからあの二人はあんな調子です」
「よく続くなぁ」
会話が成り立っていないのに会話が続くのはどちらかがまともに聞いてないかどちらかがずば抜けたコミュニケーション能力を持っているかのどちらかだ。
コミュニケーション能力で言えば人見知りをしない俺より上だ。
「これはもうカップル誕生でいいのでは?」
近藤玲奈の恋活強化完。
とはならないようだ。
生徒会の休憩の合間に来ていたショタ先輩はまもなく生徒会室へと帰っていった。
「見たか鷹山! 今のが女性を倒しませる会話術だかんな!」
「違うと思いますよ?」
「全くです。あんなのは会話とは呼びません」
近藤のお見合いに二人はとても低評価のようだ。




