第六十二話 俺じゃなかった場合の話
「彼女候補?」
ドキッとした心臓を落ち着かせながら俺は聞き返した。
彼女にしてくださいとかならまだまあ、分からなくもないが『候補』というのは初めて聞いたからだ。
「はい。これまた単刀直入に聞きますが、鮫島さんの昔の彼氏というのは鷹山さんではありませんか?」
「いや、違う。俺なわけないだろうが」
「でも鷹山さんは鮫島さんの事が好きですよね? じゃなかったら、鮫島さんのキツイ性格を受け入れ手助けしようなんて思いませんよ」
確かに、俺の場合は完全に惚れた弱みというか、好きな人の手助けをしたいという前提があって鮫島のサポートをしたりしている。
今この瞬間で他に理由は探せない。詰まったらアウト、認めるのと同じである。
「まあ、そうなのかもな……候補ってそういうことか」
「はい」
つまり土屋が言いたかったことはこうだ。
『好きな人がいるのは知っているけど私も見て欲しい、将来の彼女候補として』
という感じ。
端折りすぎてようやく理解出来た。
「ベタな事を聞くけど、なんで俺? まあ、結構関わったほうではあるけどさ」
土屋の嘘を俺が見抜けず信じたことから始まり、鮫島との板挟みをくらいそれを解消もした。
この数か月で密接と言っていいレベルで俺は土屋と関わっていた。
「それが全てと言えばそうですね。鮫島さんと仲直り出来たあの日の夜、私は考えました。もし鷹山さんがいなかったらと」
「俺がいなくても土屋が用意した俺の代わりがなんとかしただろ」
前に土屋は「鷹山さんがいなかったら他の生徒を使っていた」と言っていたしな。
「それは無理です。鮫島さんがあそこで怒ったのも、私と鮫島さんを仲直りに導いた、導けたのも全て鷹山来夢だったから出来たことです」
「どういうことだ? 俺だったから? 俺じゃなかったら出来なかったのか?」
「そういうことです。鮫島さんが怒ったのは鷹山さんとの勝負を邪魔されたから。それは一位の座を争い合うという特別な勝負です。そしてその勝負は二位だった鷹山さんでなければ鮫島さんは怒らなかったでしょう。そして、鮫島さんがその本音をこぼしたのも、中学からの同級生であり一番身近な存在であり鷹山さんだったからだと私は考えています」
なるほど。確かに鮫島が怒りを収め、本音を聞き暴露出来たのも俺だったからと考えればすんなりいく。
鮫島の性格を考えるなら尚更に。
「私の背筋は凍りました。もし鷹山さんがいなかったら私は高校でも一人ボッチだったのではないかと」
控えめに笑いながら土屋は言った。
理由は分かる。
だが土屋の考えは矛盾していると思う。
「だが俺がいなくて、他の奴に頼んだならそもそも鮫島との仲に亀裂が入ることも無かった」
確かに俺でなければ解決できなかった問題ではあるが、俺じゃなかったら起きなかった問題でもある。
感覚としては自分が起こした問題を解決して褒めれている気分。あまり嬉しいとは感じない。
土屋に告白まがいのことをされた瞬間は心臓口から出るくらいドキドキしたのに。
「そうですね。ですが現実は入ってしまった。それを鷹山さんが解決してくれた。他の人ならもっと上手くやったとかそもそも起こらなかったとかは正直関係ないんです」
「そ、それは……そうだけど」
俺がしていたのは俺じゃなかった場合の話。そもそも意味がないと言われたらそれまでだ。
少し距離を開けて座っていた俺達の間はあっという間に塞がった。
俺のすぐ横には土屋がいて紫の瞳は潤んでいるように見える。
「私は鷹山来夢という男性の他人状態の人を助ける献身的な動き、同級生の一人を孤独から救っておきながら横柄な態度を取らないその性格を好きになったんです。他の人なら~とか関係ないです」
「お、おう。土屋、近い」
話しているうちにテンションが上がったのか土屋の体重はほぼ俺の方へと傾いていた。
今俺が力を抜けば俺は土屋に潰されてしまう。
「すいません。話しているうちに愛情が溢れてしまって体が勝手に」
「不便そうな性格で」
物理的に重い愛だ。
ただその重たい愛に俺は答えを出さなければいけない。
「土屋、俺は今でも鮫島彩音のことが好きなんだ。中学からだから今後揺らぐかどうか怪しい。つ、つまりだ、今後土屋夏帆を好きになる確率はとてつもなく低い。それでも俺のことがその……」
俺が言い淀むと土屋から真っ直ぐな声が聞こえてきた。
「はい。好きです。それに、大人しく待ちの体勢でいるつもりはいません。振り向かせるために出来ることはします。そんなガツガツいってしまう女は嫌いですか?」
目標に真っ直ぐに向かえるのは素晴らしいことではないでしょうか。
「程々にお願いします」




