第五十六話 「出来て当然のことをして褒められて嬉しいですか?」
鮫島から出場競技の勝利という命が下った俺は校庭真ん中に引かれたトラックの中にいた。
『続いての競技はパン食い競争です。例年通り、購買で一番安いあんぱんが吊るされています。来年こそはカレーパンを吊るしたいそうです』
あまりパン食い競争そのパンにこだわる学校って聞いた事ないけど。
俺のレーンの先には横一直線に張られたロープとそれに吊るされたパン達。
『位置について……よーい……ドン!』
スタートと同時に俺は走り出した。
パン食い競争のルールは簡単。走って三〇メートル地点に吊るされたパンを口で咥えて走るだけ。
とても簡単だが、俺的不利なことが一つ。
「たっか」
そう。吊るされているパンの位置が高いのだ。
高校生という身長を考慮してのことだろうが、俺がいくらジャンプをしても掠りすらしない。
恐らくどたどたと重そうに走る男子生徒に合わせた高さなのだろう。身長で言えばかなり高い。
ジャンプし疲れて本部席を見ると鮫島と目があった。
笑ってくれてもいいのに仏頂面。まるで「遊ぶな」と言われているよう。
真面目にやってんのに。
ジャンプしても届かないならルールを破って手を使うか、急に下からの突風が吹いて身体を持ち上げるか、パンが地面に近づけばいい。
そしてこのピンピンに張られたロープ。素材は麻とかその辺、鉄製じゃない。
だったら瞬間を狙ったらいけるかもしれない。
その瞬間を逃さないように競技レーンに目を向けると丁度その瞬間が訪れた。
高身長の男子生徒がジャンプをすると見事にパンを口でキャッチ。洗濯ばさみで固定されたパンをロープから引き剥がした。
俺が待っていた瞬間、それは下に引っ張られたロープが反動で上下する瞬間だ。
「よっと!」
下に来るタイミングでジャンプをすれば袋の端を噛むことが出来た。
それを自分の体重で洗濯ばさみから外して俺はゴールへと走った。
急に激しく波打つロープに他出場者は翻弄されている。
先にパンを咥えた高身長の生徒は体力切れ。
足に力をいれ俺はゴールテープを切った。
「どんなもんよ」
本部席に戻ると鮫島がにこやかに答えた。
「お預けされている犬みたいでしたよ」
「褒めろよ。頭脳の勝利だろうが」
「褒めてますけど」
「なにか不満でも?」と目を細くして聞き返してくる鮫島。
「貴方ならあれくらい出来て当然です。当然のことをして褒められて嬉しいですか?」
「メッチャ嬉しい」
それが鮫島彩音なら尚更に。
中学時代の俺なら一週間は全てのモチベーションが上がったね。
「駄犬のくせによく待てが出来まちた。偉いでちゅねー」
「……悪くない」
これが近藤にやられたのなら手に持ったあんぱんを顔面にぶん投げるところだが鮫島のような透き通った声で言われるなら需要が発生する。
そしてその需要は俺に供給された。
「変態」
「先に赤ちゃん言葉使ったのはそっちだろうが」
睨み合う俺達の間に柔らかな声が入った。
「そろそろ近藤さんの障害物競走が始まりますが見なくていいのですか?」
「ああ。見る」
「見ないと絶対文句言いますからね」
鮫島の声には面倒といったマイナスはなくどこか喜んでいるようにも感じた。
「障害物は例年同じなんですか?」
「基本的にはな。ただどうやって突破させるかとか配置順は決めることが出来る」
「実際少しルールを変えていましたよね」
俺が変えたのは序盤にある網のゾーン。
「どう変えたんですか?」
「丁度出発するところだ、見れば分かると思う」
一組目の男子がスタートの合図と共に地面に固定された網ゾーンに入っていく。
網ゾーンのルールは使わなくなった段ボールを地面に敷いて仰向けで進んでいかなければいけない点だ。
下手に手を上げると引っかかり、足元に意識を向けて進まないと足が網に引っかかるというもの。
と言ってもまあ、練習を散々してきて攻略法は各々分かっているだろうから特に苦戦なく突破。
そこからは例年通り、平均台と麻袋で兎ジャンプ。最後に跳び箱を越えてゴールという流れ。
「皆さん颯爽と駆けていきますね」
「運動勉強ともに強豪なのが鮫島高校だ。正直この程度の物じゃ障害にはなりはしない」
「それこそ、学校外まで使って坂道などを用意しないとすぐに終わってしまうでしょう」
「ま、そのためのルール改変でもあるんだけどな」
首を傾げる鮫島と土屋の視線を校庭のトラックへと向けた。
続いては女子組の番。その組みの中には近藤の姿も見える。
本部席から見える近藤の顔はすごく嫌そう。
スタートの合図で出発して網のゾーン。
「わぁ。凄いです! 近藤さん、一位通過ですよ!」
「男子より速いのではないでしょうか」
それ本人に言わないであげてね?
俺が変えたこのルール。男子にはそこまで効果はないが女子には効果抜群なのだ。
なにもしなければ網目の粗さに胸が引っかかる。かといって手をあげればまともに進めない。男子より細い女子の脚じゃ網にも引っかかりやすい。
近藤以外の女子は未だ網ゾーンで苦戦。下手に身をひねったりするから絡まるんだ。
「ズルなのでは?」
「体育祭を三年生でも楽しめるように工夫した結果だ。それとも俺が「女子は胸があるから引っかかったらエッチで面白そう」とかいう理由で変えたとでも?」
半分くらいその気があったのは否定しないけど。
本部席から網ゾーンって遠いんだよね。目視じゃ分からない。
「……そういうことにして置きましょうか。顔に半分はそうですと書いてありますが。言質が取れそうにないので」
「ソンナ事ナイヨー。本当ダヨー」
冷や汗がぶわっと噴き出したわ。心臓に悪い。
障害物競走の結果は、まだ体格がしっかりしておらず細い一年生が若干の優位で終了した。
女子組をぶっちぎりの一位でゴールした近藤の顔は虚無であった。




