第五十五話 無能な王と有能な兵士
「鷹山、なにしたの?」
開会式が終わってすぐ、本部テントに顔を出した近藤が耳打ちしてきた。
校庭の真ん中では競技の真っ最中。
この日を待ちわびたかのように陸上部が脚光を軒並みかっさらっていく。
あまり前に出ているイメージがない同級生もこの日は輝いて見える。
「手を前に出したらバッタが鮫島のところに飛んで行った。鮫島はかなりの虫嫌い。図鑑で見るのも無理なくらいに」
「めっちゃ馬鹿じゃん」
「なぜそんなことを?」
「自分に自信がなくなった」
「うっわ。そういうのは中学生で卒業しなさいってお母さん言ったでしょ」
俺の母親はそんなこと言わない。
「イタイイタイねー」って煽られるのが関の山。
「考えてもみろ、容姿も運動能力もあって人望差を目の前で見せつけられたらそれら全てを持たない自分を嫌いにならないか?」
俺がそう言うと土屋と近藤は少し考えていた。
「まあ、私は分かるかもしれません。私の場合は持っているという点で逆ですけど」
「え、そう? 違う人間なんだから持ってるものが違くて当然じゃない? そんなこと言ったら学力も運動能力もおっぱいもないわたしはどうなっちゃうの?」
最後ので一気に触れずらくなった。
俺に振るなら体型の話はなしで頼む。安易に触れられなくなるから。
「鷹山でも悩むんだ」
「人をなにも考えてない能天気みたいに」
「そうじゃなくて、なんかいい感じに逃げ道見つけてそうだなと」
「俺、褒められてる?」
「褒めていますよ。鷹山さんは考え方がかなり柔軟ですし、一度負けたくらいでは諦めない根気強くもあります。ほぼ初対面の人を助けられる程に義理人情に厚く、それに対して見返りを求めない謙虚さも持ち合わせている。随分良いところをお持ちですね」
土屋が挑発するかのように俺に笑いかける。
「全くですね」
「聞いてらしたんですか」
鮫島の声に俺は自然と声が震えた。
ちゃんと反省してますので怒らないで。
「聞いていればうじうじと情けない」
「そうは言うけど結構へこむって」
それが充実している、していないに関わり、青春勝者と敗者に分けられるとなれば尚更に。
俺だって青春勝者か敗者かと言われたら勝者になりたい。
基準は人それぞれだが、俺的基準は俺自身が多彩であり色んなことをして色んな人と関われることだ。
だが実際は勉強だけならある程度のところにいて、運動は中の中が良いところという器用貧乏にもなれていない中途半端さ。
「無能な王と有能な兵士ならば私は有能な兵士を選びます。貴方はどちらになりたいですか?」
鮫島の問いに俺は内心かなり嬉しくなった。まだ俺が有能な兵士と決まったわけでもないのにだ。
上がりそうになる口角を必死に抑えて答えた。
「なら有能な兵士になりたい」
鮫島の問いで少し気持ちが晴れた気がした。しばらくは気にならなくなりそう。
好きな人からの応援がここまでの威力とは。惚れた弱みというのは恐ろしい。
「といっても、人が嫌だと言った傍から虫を近づける精神は本当に理解が出来ませんが」
「反省してるから」
「貴方が出場する競技全てで勝ってください。勝てば一年生にポイントが入りますし、私のみならず学年全体に貢献できます」
「いやあの、男女混合二人三脚につきましては俺だけの問題じゃなくてですね」
「貴方に発言権があるとでも? 人権があるだけでもありがたく思ってください」
日本の法律より上の憲法で約束されたことを意図も簡単に脅かして見せる孤高の女王。
そんなドS女王に好かれた有能な兵士君は大変だな。
「精一杯、頑張らせていただきます」




