第五十四話 弁明にもならない弁明
六月一週目、土曜日。
土曜で学校は休みのはずのに俺は学校にいた。
俺だけじゃない、全校生徒が学校に来ていた。
「体育祭だー!」
土屋の膝の上で飛び跳ねる恋愛番長。
「やけに張り切ってんな」
「体育祭! イベント事にカップルが出来るのは定石でしょ! いきなりカップルは無理でも目星をつけておくのだ! そうすれば夏休み終わる頃にはリア充の仲間入りよ!」
「がんばえー」
入学したての時にも言ったが、鮫島高校で運動が出来る奴は大抵運動部。
そして鮫島高校の運動部は全国大会に行くほどの強豪。恋愛に割く時間はないと思うが。
ま、それでも近藤がいいというなら俺は口出ししない。
「そろそろ時間です。降りますよ」
「ういーっす」
「お、早速カップル誕生か?」
「玲奈? それは違いますよ。運営で先輩方に配置説明しなきゃいけないんです。分かりましたか?」
「わ、分かった。分かったから笑わないで!」
イベント事で浮足立つ生徒に変な噂を広められたくないのは分かるけど結構へこむ。
土屋の一件で好感度は横ばいか少し上がったと思っていたが変わっていないように思える。
鮫島に直接関係がないから当たり前と言われればその通りだが。
「おはようございます」
本部テントに行けば真野会長を初めとする面子が揃っていた。
「いやー晴れたな! 昨日は雨で不安だったがすぐに止んでよかったよかった!」
太陽並みにまぶしい真野会長の笑顔。
近藤とそっくり。
「ぼくらはなにをすれば?」
真野会長の後ろ、少し小柄な男子生徒が聞いてきた。
「今からプログラムに書かれた競技の物を運び出します。今のところ仕事はそれだけです」
「了解。会長、行きましょう」
前日に少し雨が降ったために用具は未だ体育倉庫の中、それを今から運び出すのだ。
「……あの」
体育倉庫への道中、鮫島が不満そうな顔をしながら袖を引っ張って来た。
「ん?」
「その……アレです。嫌な物があります」
「ああ、虫か。平気だって死んでるから」
「死骸でも無理なんです! ダニやノミのような目に見えないくらいの虫ならまだ許せます、ですが! 蛾とか蜘蛛とかは本当に無理なんです! 泣き叫ぶ自信があります」
「なにが怖いっていうんだよ。毒があるわけじゃないし食われるわけでもないのに」
「それは虫がある程度平気な人の感性です。虫がダメな人は図鑑でも無理です」
鮫島が駄々をこねるのはとても珍しく、嫌がる鮫島を虫の巣窟にぶち込みたいという気持ちが湧き上がってくるが自制だ。跳ね返りが怖い。
折角稼いだ好感度、無駄にすることもない。
「なら外から指示をくれ、面子も力も限られるからな」
鮫島にプログラムを渡すとホッとしたような顔をした。
……抑えろ、嗜虐心を。
「では貴方と九条先輩で玉入れのポールを――」
流石効率厨というか、安定の采配だ。
鮫島の声は他生徒が出てきたざわざわとした場でも十分に通った。
おかげで短時間で大物以外は出し終わった。
「おっも!」
大綱引きの大綱。
体育倉庫から真野会長が軽々運び出すからそんな重くないのかと思ったが体重五〇キロの俺が全体重を乗せてもミリほども動かなかった。
大綱の足元はキャスターで一回動けばあとは勢いで進むはずなのに。
「鮫島、なにか手伝えること、あるか?」
俺が大綱を押そうと頑張っていると、鮫島の横に少し明るい茶髪が小走りで並んだ。
並んできたのは誰であろう、善人嘉川幸樹。
鮫島と並んだ光景はまさに美男美女。超お似合い。
不器用彼女とそんな彼女を支えるイケメン彼氏像が容易に浮かぶ。
「なら情けない彼の代わりに大綱を所定の場所まで運んでください」
「了解」
鮫島の冷たい指示にも笑顔で答えるイケメン。
「重いぞ!」
「平気ですよ。これでも鍛えてるんで!」
嘉川が大綱を持って引くと徐々に動き出した。
俺との体格差は見て分かるほどはない。ただ嘉川が陸上部で身体づくりをしていることだけ。
「勝てねぇなぁ」
勉強以外のことを努力していないから当たり前ではあるが、それでも負けるというのはやはり悔しいものなのだ。
大綱を引いていく嘉川は本当にキラキラしていて男の俺でもカッコイイと思える。
更に嘉川が手伝っているとなれば他のリア充集団も手伝うという仲間呼び現象が起こる。
俺が運んでても無視されていただろう。
人望の差、性格の差をこうも見せつけられると自信がなくなる。
「なにしてるんですか? まだ仕事は終わってませんよ」
「うん。あ、鮫島」
「はい? っ!? それ以上近づいたら叫びます。学校中に聞こえるくらいの大声で」
「なぜ? 俺はこの後のことについて聞きたいだけなんだが?」
「ならその距離から!」
ジリジリと距離を詰めるが鮫島の逃げる距離の方が長い。
仕方なく手を前に出せば、俺の手から鮫島へと小さいバッタが飛び出した。
飛びつかれ慌てふためく鮫島を想像して口元が緩む。がしかし、すぐ近くからブンッ! という風切り音が聞こえた。
「私言いませんでしたっけ? 虫が嫌いだと。図鑑で見るのも無理だと」
渡したプログラムを丸めて振りぬいた鮫島。
陸上部の嘉川と同等の運動神経を誇る鮫島の反射神経を舐めていた。
俺は「むしゃくしゃしてやった」とニュースで聞くような弁明にもならない弁明をした。




