第五十三話 ワイルドと非常識はまったくの別物
体育祭まで一週間をきった体育の授業は熱を持つ。
校庭の中心部では騎馬戦の練習中。しかも本番さながらの熱の入りよう。
一年の大将、嘉川幸樹が取り巻きに支えられ王として君臨している。
「幸樹! いけ! とれ!」「やべぇ! 強い!」「体幹どうなってんだよ! 手が届かねぇ!」
「こうき~! 頑張ってぇ~!」
周りの取り巻きはともかくとして、嘉川の運動神経は思わず男の俺でも見入ってしまうほどに見事だった。
背後から近づいた生徒のハチマキを取ったあとに両側から攻めてきた生徒のハチマキを流れ作業かのように奪い取る様は騎馬戦の大将らしい雄姿。
嘉川自身のイケメンパワーも相まって動くたびに歓声があがる。アイドルかなにかか。
「鷹山さん? ボーっとしてどうしました?」
「あ、いや別に」
視線を前に戻して歩を進める。
「憧れますか?」
騎馬戦練習に目を向けた土屋が言った。
「まあ、あそこまでキラキラ出来てたらどうなんだろうって気になりはする」
実感湧かなくて想像をやめるけど。
「私はキラキラしていなくても十分カッコイイと思いますよ?」
「そういうことを好きでもない男子に言わない。勘違いしちゃうから」
俺とて鮫島彩音としか恋愛経験がないわけで、しかも中学の恋愛を恋愛経験のうちに含めていいのかどうかっていう具合のもの。
つまり、身体密着状態でそういうこと言わないで、意識しちゃうから。
「今回は色々……ありがとうございました」
「解決したなら協力した甲斐ある」
「鷹山さんがいなかったらと思うと物凄く不安になります」
「俺がいなくても土屋は似たような奴をクラスから見つけて実行しただろうよ」
俺だからじゃない。たまたま目を付けた男子生徒が俺だっただけ。席が近くて自己紹介から自然に触れ合うことが出来て好感度が稼ぎやすい相手が俺。
「確かにやったと思います。ですがこうしてなにもかもを解決出来たのは鷹山さんの動きあってですよ?」
「どうだろうな。他の奴ならもっと上手く立ち回って超円満解決出来たかもしれないぞ」
「謙虚ですね」
「身近に勉強も運動も出来ちゃう超人がいるから謙虚にもなる」
それで胸を張れるなら大したメンタルだと思う。
俺が鮫島に勝てるのは身長と体重くらい。しかも男女で比べているからまともな勝利とも言えない。
「私的にはもっと傲慢な方がいいですけど、なんなら「もう親と顔合わせたんだからお前、俺の女な」くらいの方がワイルドじゃないですか?」
「ワイルドと非常識はまったくの別物だからな?」
彼氏面が早すぎる。そして、それを魅力的に見えている土屋は将来悪い男に捕まらないようにしてほしい。
ワイルドへの風評被害。
「そういう奴は大抵相手の身体とか遺産とかにしか目がない野郎だ。好きになってもいいことないぞ」
「でも尽くし甲斐のある人がいいです。ダメダメで私の資産を目当てに結婚をして一日中ゴロゴロして私が仕事から帰ったら私が疲れているのも関係なくワガママばっかな人」
「俺、そこまで無邪気にはなれない」
それが許されるのは小学校上がる前の子供だけだ。
物語を書くにしてもそこまでのクズキャラが愛されるには相当なテコ入れが必要になるだろうに。
現実で見つけるのは難しくないが周囲からの反対は多い。
「尽くし甲斐なら近藤で十分だろ。甘やかしたら甘やかした分だけダメになるぞ。あいつ」
それが似合うキャラ性だから許されるものの。近藤の将来の旦那は苦労するだろうな。
「近藤さんもとても魅力的ではあるんですが、将来のことを考えると相性のいい男性と出会っておいた方がいいと思うんです。自分を見つめ直す意味でも」
「急ぎすぎだろ。それに、高校生時点でそんなクズ人間がいたら手遅れだと思うぞ」
足を結ぶ紐が解けそうになったために俺が屈むと上から恐ろしい声が聞こえた。
「確かに高校生時点でそんな人は本当に極稀だと思います。ですが、人をその方向へ導くことは出来るんですよ? もっと簡単に言うなら堕落させる術を私は知っています」
なにゆえそのような情報をお持ちで? なに? 名家の篭絡術とかそんな感じ?
でも真面目に身の潔白を示すために動いている同級生を堕落へと突き落とすのは優しくないと思います。
お願いだからやめて。
「今回の件で、周りの協力を得ながら自分から動いた方がいいと思いました。……これからよろしくお願い致しますね? 鷹山来夢さん?」
頭上から注がれる土屋の顔は柔らかく、可愛らしく微笑んでいた。




