第五十話 板挟みの苦しさ
「つちやん? どうしたの? 元気ないよ?」
次の日、どんなに精神的に不安定でも月曜日は来る。
土屋の膝に座る近藤が違和感に気が付いた。
「そんなことないですよ? 私は平気です」
「……なにしたんですか。夏帆に」
「俺が知るわけないだろうが」
「どうだか」
「鮫ちゃんも怒ってる?」
「怒ってませんよ? 失望しただけです」
朝の電車の気まずさといったらない。
昨日、俺は模試という鮫島との戦いの場から逃亡したのだ。
それに対して鮫島はお怒りというわけだ。
「鷹山、昨日なにがあったか教えなさい」
「いや本当に俺は知らないんだって。模試会場から家に帰っただけだし」
土屋が言うまでは俺はあくまでなにも聞かされていないスタンス。
「近藤さんにとって私はなんですか?」
「え、なに。なぞなぞ?」
土屋の今のテンションでなぞなぞ持ちかけられたら笑う自信がある。
「普通に友達だけど。え、その先望んじゃう? えー困ったな……女の子同士でっていうのは考えてなかったしー」
「勝手に一人で盛り上がって楽しいですか?」
「鮫ちゃんも道連れにすれば万事解決。鷹山は見てるだけな」
「当たり前だろうが」
百合の間に挟まったら即死するのはネットの浅い部分ですら常識として通ることだ。
見ているだけで幸せです。
盛り上がる近藤と呆れる鮫島を見ていた土屋の瞳が徐々に光を取り戻し始めた。
目でなにかを訴えているようだが、声に出して貰わないと分からない。
適当に頷けば土屋の目に完全に光が戻って来た。
口が綻び頬には赤みを帯びていった。
「ふふふ」
土屋は笑うと膝にいる近藤を抱きしめた。
「おお、背中に柔らかいものが……おー殺意」
「抑えて」
「近藤さんと鮫島さんにはお話して置きます」
「私達だけということは、彼はもう知っているんですね」
「なんだと!?」
肯定の意味も込めて顔を背けた。
そして土屋はここ数週間の自分の行動を語った。
「すいません。入学早々こんな話をするのは重いかなと考え秘密にさせていただきました」
「水臭いぞつちやん。罰としておっぱいに顔埋めてやる」
座りなおした近藤はこれでもかと自分の顔を土屋の胸に埋めた。
「つちやんとわたしは友達。いや、心の友だ!」
「だから横暴なのか」
本家は根はいい人だけどこっちは根っから巨乳を恨んでいる危険人物。
近藤から当たり前のように友達認定され、土屋の問題は解決した。
一件落着……とはいかないようだ。
「つまり昨日彼が模試を受けられなかったのは夏帆が嘘をついて呼び出したからですね?」
鮫島から淡々と告げられる土屋の行動。
「鮫島。俺は別に後悔もなにもしていない。また八月になればあるしさ」
「そういう問題ではありません。どうなんですか、夏帆」
鮫島がなぜここまで怒るのか俺には分からない。
俺がいなくても模試は受けられるし、今回受けたところで俺が二位になるとは限らないのだ。
ほかのだれかが二位になったところで競争相手がいることに変わりはない。
そして俺は模試をそこまで重要視をしていない。
俺の目標ごと否定することになるが、一位の鮫島に勝てたところでという話。
一流大学に合格が決まるわけでもない、将来安泰に暮らせる保証にもならない。
よって今回の模試を受けるより優先するべきがあると俺自身が判断してのこと。
「そうなりますね。私が呼び出さなければ鷹山さんは模試を受けられたでしょう」
「そのことについては謝罪はされているし、俺はマジでなんとも思ってないから」
「貴方は黙っていてください!」
鮫島を落ち着かせようと間に入るが鮫島に強めに怒られた。
そしてその声は教室中に響き生徒たちの談笑が止まった。
「私には夏帆の考えが理解できません」
そういって鮫島は教室を出て行った。
後を追いたい衝動をグッと堪えて黙ることしか俺には出来ない。
俺が追ったところで鮫島は納得しない。
板挟みってここまで苦しいのか。




