第四十八話 中途半端な俺、ちょーカッコ悪い。
試験会場をあとにした俺は電車で土屋の家がある柳市に向かった。
駅から歩いて十分ほどにある大屋敷。
俺は走ってあがった息を整える前にチャイムを鳴らした。
「はい」
インターホンから出てきたのは前に出た人ではなく鈴の音のような声だった。
聞き覚えがある、土屋のお母さんだ。
「すいません……この間お邪魔した鷹山来夢です……土屋夏帆さんはいますか」
「夏帆は今顔合わせの最中です。お引き取りを」
「分かっています。分かっていますが、お願いします。話を聞いてください」
息を整えておくべきだったと今更後悔している。
喉が張り付きまともに声が出ない。
「どうぞ」
しばらく無言というか沈黙が続いて無視されたのかと思ったが話だけは聞いてくれるらしい。
開いた木製の門から着物姿の土屋ママが出てきた。
「話は私ではなく夫にお願いします。私に決定権はありませんので」
「亭主関白。ここだけ昭和初期なんですか」
「それが歴史、血筋を重んじる名家というものです」
淡々と現実だけを突きつけられる。
その言葉から感情は窺えない。
「私はあとからゆっくりいきますので、先に行ってもいいですよ。玄関入って真っ直ぐ突き当りです」
「すいません。ありがとうございます」
土屋ママの後ろを歩いていた俺はお礼を言って走り出した。
もしかしたらもう縁談が決まっているかもしれない。行ったところで遅いかもしれない。
そんな考えが頭をよぎるが後だ。土屋パパがいるなら話は出来る。
「土……夏帆!」
土屋夏帆の名前を呼びながら俺はふすまを開けた。
ふすまを開けて感じる圧倒的場違い感。
この場にいる男全員スーツ姿で土屋夏帆も華やかに着飾っている。
しかし、土屋夏帆本人の顔は笑顔ではあるが本気で楽しんではいない。少なくとも、俺と二人三脚の練習をした時のような無邪気な笑顔ではなかった。
厳格な空気が部屋を支配し発言することを許さないとでもいうようだった。
「誰だ」
重々しく刺すような声が聞こえ視線を合わせると白髪頭の男性が俺を睨みつけていた。
「鮫島高校一年一組の鷹山来夢です」
「今は大切な話し合いの場だ。少し待てないのか」
「その話し合いについて僕から話があるんです」
土屋パパの睨みにも俺は屈しない。
鮫島と会えば一回は睨まれるからな。
「夏帆さんの縁談をもう少し待ってもらえないでしょうか」
立ったままではなくその場に正座をして俺は言った。
友人の助けてという言葉にかけつけた俺だが立場としては部外者。門前払いが当たり前、今この瞬間は常にチャンスでしかない。
言葉遣いや姿勢には気を付けなければならない。
「……」
「夏帆さんは今年高校に入学したばかり、体育祭や夏休みや文化祭など楽しいことが沢山あります。ですが、いくら楽しい事があっても行きつく未来が決まっていたら絶対に楽しめません」
夏休みの最終日にやっていない宿題が嫌になるのと同じである。
たくさん遊んだあとに宿題が残っていていい気持になる人はいない。
「夏帆さんが楽しむためならいくらでもお手伝いします。関わるなというのなら今後一切関わりません」
「なぜ出会ったばかりの他人にも等しい夏帆にそこまで出来る」
話が進んだ。
話すを聞く気を引き出せたら御の字。
よく頑張った俺。あとは気楽に話すだけだ。
「夏帆さんの笑顔が素敵だからです。お世辞じゃないですよ。出会って一か月と少しですがそれでも確かに土屋夏帆という人間と触れ合ってきました。その中でやっぱり感じるんですよ。可愛さとか厳格な家で育てられた故のお淑やかさと無邪気さの両立とか」
それが土屋夏帆の魅力だ。
お淑やかな清楚だと思ったらその実、無邪気でいたずらっ子。それでいて人に不快感を与えない。
厳格に厳しく育てられたがただ締め付けるだけじゃない教育の賜物。
それが土屋夏帆だ。
「それと僕の青春のためです。僕だって健全な男子高校生です。夏帆さんのような美少女と華やかな高校生活を送りたいと思うのは普通のことなんです」
俺が話せることはもうない。
土屋にカッコつけて立ち回りが云々言ってた割にはこの程度だ。
物語通りには中々事が進まない。
鮫島に対しても土屋に対しても中途半端な俺、ちょーカッコ悪い。




