第四十三話 危険人物 ※彩音視点
「あ、そういえば服探してる時に鷹山に似合いそうなのあったよ。こっち!」
玲奈に連れていかれ彼がその場からいなくなった。
試着室前に残された私と夏帆。
丁度いい。彼の前では聞きづらいことを聞いてしまおう。
「最近彼と仲がいいようですがなにかありましたか?」
私がそう聞くと夏帆はにやりと笑った。
「いえ、別に。ただ体育祭練習で距離が近づいた気はしています。それがなにか?」
おそらく夏帆は私と彼の関係に薄々気が付いている。
だけど私と彼から決定的な情報が得られていないから寸前で止まっているだけだ。
「彼は危険です。彼のみならず、夏帆に近づく男は全て敵だと思ったほうがいいです」
「確かに良くない考えで私に近づく人は多いと思います。ですが、鷹山さんに限ってはいい人です。ついさっき、私の家で本当に密着といっていいレベルでくっつきましたが、悩ましい顔をするだけで襲ったりはしませんでした」
「彼は蛇ですから。いつの間にか近づいてこちらが気が付く頃には仕留められている。そういう人です。だから危険だと言っているんです」
現に中学時代の私がそれだ。
勉強に夢中になるあまり周りを見ていなかった。ふと後ろを見れば彼がいた、次に後ろを見れば死に物狂いで追いつこうとする彼がいた、次に見るのは後ろではなく、ほぼ横だった。
今まで遠かった彼が数点の差にまで縮めてきた。しかも数か月の間に。
幸い追い抜かれることはなかったが、勉強する箇所や得手不得手によっては追い抜かれていたかもしれない相手。
「鮫島さんは鷹山さんのことをそんな風に思っているんですか?」
「ええ、油断ならない相手ですから」
「では、なぜそんな危険で油断ならない相手を近くに置いているんですか?」
「……どういうことでしょうか?」
玲奈にも言われた彼との距離感。
私的には遠からず近からずの距離が二人からすれば近いらしい。
「危険だと言って置きながら鮫島さん自身は彼を排除しようとしませんよね? 鷹山さん以外の男子が近づくことを絶対に許さないのに」
「それは……べ、便利だからです。競争相手として中学からの人間として、ある程度のことは分かっていますから。一から連携を取るよりは遥かに」
私がそういうと夏帆はクスリと笑った。
「鷹山さんと違って嘘が下手ですね。確かに利便性がとても良ければ鮫島さんはどんなに嫌いな相手でも付き合いはするでしょう。ですが、模試一週間前の時間を使う相手とはならないでしょう」
「なにが言いたいんですか?」
「鮫島さんは彼のことが好きですね?」
夏帆の口から出される声は明らかに疑問形。
なぜだろうか、決定され不満に思えないのは。
彼は私との交際中に年上女性と密会する浮気男。それに対して謝罪も弁明もない。つまり全て事実と認められた男。
「違います。彼に対して好意などありません。今日こうして来たのも玲奈や夏帆との時間を過ごすためです。彼目当てだと思われるのは心外です」
「あら、嬉しい。……私は彼のことは好意的に見ています。嘘を巧みに使って争いを治めたり、時間を取ってしまっているのに嫌な顔一つせず付き合ってくれるところ、嘘つきだけど時々正直な所、なにより一緒にいるととても楽しいです」
中学当時の私も同じことを思った。
だから彼と付き合ったのだ。
「夏帆がいいと思うならいいんじゃないですか? 私はそうは思いませんけど」
嘘が巧みなのは認める、基本的に嫌な顔をしないというのも認める、嘘つきだけど正直な所があるのも認める。
だけど、彼と一緒にいるとモヤモヤとした未だ解決出来ない気持ちになる。
「ま、彼が私を好いてくれるとは限らないんですけど」
そういって夏帆は二コリと笑った。
私に笑われている気がせず後ろを向くと、玲奈に手を引かれる彼の姿があった。
その手にはいくつかの服を持っていた。




