第四十二話 贅沢な暇
服屋の試着室というのはなぜ店の奥まった場所にあるのか。
監視カメラは死角なくある。だからこそ、外で待たされる彼氏でもない俺は居心地が悪くなる。
「鮫ちゃんってこういう服着る~?」
「いえ、スキニーがほとんどです」
近藤と鮫島の声と共に落ちるスキニー。
試着室のカーテンが少しだけ短く、下ろされた鮫島のスキニーとそこから抜かれる細く綺麗な足。
試着室の前で待ちぼうけをくらっているのにここにいちゃいけない気持ちになる。
「鷹山さん? どうしました?」
「あのな。土屋は同じ女だからなんにも感じないだろうけど、試着室の隙間って丸見えより色々考えるものあるだよ」
「変態的な妄想が捗るということですか?」
わざわざ言葉を避けたのに。
「ま、まあまあ。言ってしまえばそんな感じだ」
ズボンが下ろされたということは鮫島は布一枚挟んで下着を晒しているわけで、その光景を見ておいて健全な男子高校生にエロいことを考えるなという方が無理な話。
「ただ試着室の下から見えるズボンですよ?」
俺だって同じ男のズボンならなにも思わない。
「それでも健全な男子の想像力は豊かなんだ」
俺が目線を逸らしながら言うと試着室のカーテンが開かれ着替えた近藤と鮫島が姿を現した。
これからの夏を意識して二人とも涼しげな装い。しかもオフショルダーで鎖骨がいい仕事している。
下は短めのスカートで履きなれている近藤は自慢気に仁王立ちだが鮫島は慣れないのか若干内また気味。
「あら、可愛らしい」
「だっしょ~! ほら、鮫ちゃんももっとその生足を惜しげもなく晒すんだよ!」
「や、やめてください!」
「スカートなんていつも学校で履いてるじゃん! 変わらないって!」
ま、確かに。
男からすれば、学校でスカートを履いているのになぜ今恥ずかしがるのか分からない。
派手なデザインでだとかスリットが入っているとかそんなことはない。
近藤とお揃いの青チェックのスカート。
「プライベートの場と学校では大きな違いが出ます。だから、恥ずかしいんです」
「仕方にゃいなー。つちやん着替えちゃって。なるはやで」
「はい」
近藤がスニーカーを履きなおして土屋と交替。
が、ほんの数分してすぐに顔だけ出してきた。
「あの、もう少し大きいサイズってありますか?」
「つちやんのそれ女性サイズで一番大きいやつ」
「で、でも」
「着れるよ平気平気」
横でなにやら不穏な会話をしている。
土屋の顔が引っ込んで俺は近藤に視線を合わせた。
「実際どうなん」
「わたしと同じサイズのやつだから絶対おっぱい苦しい」
「嫌がらせが陰湿」
「つちやんがあんな服の上からでも分かるようなおっぱいしてるのが悪いんだ!」
「横暴すぎる」
横の小さな王女様の命により哀れな武芸少女はかなり際どい服装での登場となった。
近藤の身長が一四八センチだという。対して土屋は一六二だったはず。
身長が十四センチも違って胸囲も見て分かるほど違えば当然服はキツイ。
「あ、あのこれ……サイズが少し」
「チッ」
「なぜ舌打ちをするんですか!」
「エッチすぎるだろうが!」
指示したのはお前じゃい。
「ぱっつぱつなおっぱい! 少し動けば見えるへそ! スカートから見えるムチムチな脚! 鷹山~」
「俺に振るな。エロいしか浮かばない」
「最ッ低」
「言われてるぞ近藤」「言われてるよ鷹山」
「二人ともです」
鮫島の汚物を見るような視線を注がれ、近藤は弁明をした。
「鮫ちゃん! 違うんだ! わたしはただ肩身の狭さを服の小ささで演出したかっただけで!」
「意味が分かりません。夏帆は着替えていいですよ」
「その前に写真一枚!」
「なら早くしてください」
「へい」
圧力に屈した女王はスマホを構えてパシャリ。その顔は引きつっている。
哀れ。圧政を敷いた女王は数秒にして地に落ちていった。
「怒られたぁー! 怖かったぁー! 鷹山はよくあの圧に耐えられるな」
「慣れよ慣れ。自分が正しいと思ったら圧には屈しないことだ。鮫島だって万能じゃないし」
「あの目で睨まれたら自分が間違ってる気がして謝っちゃう」
「分かる」
俺も自分の意見に自信が持てないときなんかは屈しそうになる。
同じ温度の視線を浴びたもの同士、俺と近藤は深く頷いた。
「玲奈、着替えてください」
試着室のカーテンが開き、鮫島が出てきた。近藤が試着室に入り、俺の隣には鮫島がいた。
「どうですか。選り取り見取りの女の子がいますが楽しいですか?」
「メッチャ楽しいって言ったら怒る?」
「いえ、どういう所を楽しいと思ったのか聞くだけです」
「正直暇、眼福ではあるけど」
これホント。
アニメや漫画の着せ替えのようにカーテン開けるごとに……というような早着替えはない。
一つ一つ着るにもやはり時間がかかる。
それをただ待つ側としては退屈なのだ。
「贅沢な暇ですね」
「別に俺のために着替えてるんじゃないんだから贅沢でもないだろ」
「三人も女の子がいて暇を持て余すことが贅沢だと言っているんです。暇なら心の中で私達を褒めたらどうですか?」
なるほど。語彙力を増やすいいチャンスというわけか。使いどころなさそうだけど。
いや、鮫島彩音と仲直り出来た時に使えるかもしれない。今のところ進展なしでお先真っ暗だけど。
「鮫島は普段とは違う印象で可愛い」
「なっ!」
「オフショルなんて見たことなかったし、スカートもなんか、違って良かった。いつも黒か白で青チェックなんて見たことなかったし雰囲気変わった気がした、そういえば今日っ!」
「やめてください! なんでそう! 恥ずかしい言葉を口に出来るんですか貴方は!」
口を手で塞がれ凄い勢いで怒られてしまった。
鮫島の頬が赤いのは恥ずかしがって照れているからか、それともほんのりと化粧をしているかなのかは俺には分からない。




