第三十五話 恐ろしい煽り合い
「鷹山さん、今週の土曜日なんですが練習しませんか?」
「ああ、いいぞ」
「練習~?」
紙パックの牛乳にストローを差しながら近藤が俺と土屋に怪訝な目を向ける。
昼休み。土屋の提案は俺に針を突きつけた。
「なんだよ」
「練習って、ほぼ毎日体育祭練習があるのに~? 休日まで練習~? 怪しいなぁ~」
「模試が近いというのに大丈夫なんですか?」
牛乳を口いっぱいに含みながら近藤は怪しいと目でいい、鮫島はお弁当を食べながらノールックで切っ先を俺に向ける。
「なにかおかしいか? 体育祭練習だぞ?」
「おかしいよ! 距離どう考えても近いじゃん! 同じ中学でもないのに!」
「今日俺が堅結びしたせいで解くのに時間がかかって練習が出来なかった」
「それでも毎日練習がありますし、必要なんですか?」
なぜそこまで止めにかかるのか。
俺も真意のほどは分からないが特別イチャイチャするわけでもないのに。
そう考えると悲しいな。
「本当に練習するだけですよ。よろしければお二人も来ますか?」
「いえ、私は模試勉強があるので。座学分を補わなければいけないので」
「わたしは店番~」
女は同調の生き物だと桃から聞いてたが同調の欠片もないな。点でバラバラ。
ま、個性があっていいんじゃないでしょうか。
鮫島さんは隠しきれない疑念を押さえて貰えると大変助かります。
「なんだよ鮫島。文句があるなら早めにな」
「文句という分類であれば、貴方のその澄ました顔がとてもイラつきます」
「仕方ないだろ。こんな顔しないと免疫ないんだから引きつった顔になるわ」
俺だって別に中学時代にイケイケの陽キャだったわけじゃない。
鮫島に告白するときもドッキドキで正直自分がなんて言ったか覚えてないレベルだし土屋みたいな美少女から休日に時間をくれと言われるのは慣れてないのである。
よってすまし顔でなんてことないみたいな顔をするしかないのだ。
「へー鮫ちゃんと普通に話してるからゴリゴリの遊び人だと思った」
「そんなことないぞ? 猫被って不慣れでダサい自分を隠してるんだ」
「あと、これは疑問です。なぜ夏帆はこんな人を誘ったのですか?」
「こんな人」
敢えて悪口を言わないのは慈悲なのかそれとも過去の自分への負い目なのか。
どちらにしろ酷い。
「私だって隠し事をしているわけですし人のことを責められません。そして、私は超能力者ではないので」
「人間、やろうと思えば人の心の中くらい読めるんですよ?」
「それを模試圏外の人間にやれというのは酷ではありません?」
「誰でも出来ますよ」
なにこの恐ろしい煽り合い。さっきまでの和気あいあいとした友情はどこに。
二人とも笑顔というのが清楚系悪魔と絶対零度の女王っぽくて似合っている。
内容がまるで分かっていない近藤が俺のブレザーを引っ張った。
「なんの話?」
「さあ? 人間も超能力が使えるって話だろ」
実際は俺には酷い過去があるから手を引けと言った鮫島に、その酷い過去が提示されないからわからないと土屋、察しろと鮫島、無理と土屋。こんな具合。
こんな高度でドロドロな煽り合い、分かりたくもないし分からない方が幸せということもあるだろう。
近藤はどうか『バーカ』が最上級罵り言葉であってくれ。
「土屋、土曜日何時に行けばいい」
煽り合いを止めるために俺は強制的にぶった切った。
「出来れば十時くらいがいいです。そのあと家族の用事があるので」
「了解」
「模試で私にまた負けても知りませんよ?」
「これでも帰ってからみっちり勉強してんだわ。過去問から出やすい分野を重点的にな」
「全力ということですか?」
「当然だ。俺はその時出せる力全てを出す男だ」
道のりでペース配分は考えるものの本番となれば配分なんて考えずに動く。
「それで私に負けたら……楽しみです」
「俺も、負けて悔しがる鮫島の顔がすげぇ楽しみ」
鮫島がにこやかに笑うので俺も笑った。
傍から見れば完全にイチャイチャカップルだなこれは。
「なんで鷹山までそっち行ってしまうん?」




