第三十話 ボッチだけどボッチではない
「来月頭には体育祭です! なので! 今日の午後には出場種目を決めます。皆さん決めておいてくださいね?」
もちもちの頬をほころばせて喜びを表現する一年一組のマスコット。
今日の体育はきっと五〇メートル走だろう。
そして予想通り五〇メートル走だった。
「それじゃ、二人組作って並べー」
昔はそこまで嫌いではなかった「二人組み作れ」という指示も今となっては一番聞きたくない言葉第一位。
カーストクイーンに喧嘩を売った俺と組んでくれる奴はいない。
仕方がないので一番後ろに並んで待つことに。
その横に女子達が並んでくる。一番後ろには鮫島彩音の姿が。
「なにか?」
「一人なんだな」
「ええ、玲奈と夏帆に組んで貰ったので私は一人です」
「ん」
目の前では男女二人づつ並んで五〇メートルを全力疾走。
その中でひときわ目立つのは嘉川幸樹。
「幸樹いくつー!」
「六秒一だってよー!」
取り巻きABが大声で叫べば男女ともに少しざわつく。
少しだけなのは、筆頭に伊波がうるさいからだろう。
「陸上部じゃ遅い方だって」
本人の謙遜を聞き流しヨイショする取り巻き達。
ああもヨイショが上手いと将来、会社とかに入ったときに上司から可愛がられるんだろうなと思う。
「貴方の自己ベストはいくつでしたっけ?」
視線を声に合わせると前を向いた鮫島が。
俺も視線を前に戻して答えた。
「七秒三」
「負けていますね」
「それが普通だって」
勉強も出来てスポーツも出来るなんて規格外の超人は作品の中だけだ。
それに、俺が嘉川のタイムと同じくらいで走ったとしても凄いと言われることはない。
「勉強をしてきて二位まで上り詰めたわけですが、後悔はありますか?」
「めっちゃある。特に今運動を極めればよかったと思うくらいには」
視線を感じて鮫島の方を向けば不満と寂しさが混じったようなそんな顔をしていた。
「そう……ですか」
「なんて顔してんだよ。なに、寂しいの?」
「は?」
寂しそうな顔から一変、いつもの絶対零度が戻って来た。
メリハリが上手いってことは切り替わるスイッチが分かりやすいってこと。
扱いやすくてとても助かる。
「馬鹿言わないでください。二位が身近にいる方が気が引き締まるってだけです」
「ふーん」
「文句があるなら聞きますが?」
「寂しがりや」
「ぶっ殺しますよ」
「ツンデレ。いった!」
そう言った瞬間に小石を投げられてしまった。
それが俺の額に命中。更に大きいものを投げようとするので流石に止める。
俺の命のために。
「悪かったって。ムキになることないだろ」
「勝手に付加価値をつけられるのは嫌です。私は寂しがりやでも、ましてやツンデレでもありません」
「……そうか悪かった」
その反応がツンデレって言ってんだけども。
ま、ここでツンデレとはというのを語ると長くなるから黙っておくけど。
俺達の番が来たのは授業も中ごろまで進んだ時。
男女二人ペアで学業トップクラスの俺達に浴びせられる視線は好奇なものだった。
「位置について……」
「ああ、そう言えば、さっき負けていると言ったのは他の誰かではなく、私に。です」
「よーいドン!」
出発役の生徒の合図のあと俺と鮫島は走りだした。
五〇メートルという短い距離。横を並走する気配。
その影が少しだけ前に出たような気がした。
そういえば、勉強も運動も出来る作品の中だけに出てくる超人がいたな。超身近に。
少し前を走る桃色の髪はとても優雅で一切の後悔や寂しさを感じさせない頼もしいものだった。
「鮫島彩音、六秒三。鷹山来夢、六秒七」
自己ベストではあるが、俺はまたしても鮫島彩音には届かなかった。
走り終わった鮫島は肩で呼吸を整えていた。
俺と目があえば、「どうだ」と言わんばかりのどや顔だった。
可愛らしくていいんじゃないでしょうか。




