第二十九話 嘘とはこう使うのだ。
ゴールデンウイーク明け。
結局あのあと口を聞いてくれるわけもなく解散となってしまった。
「まだ怒ってるかなぁ」
休み明けで沈み気味な気持ちが更に沈んでいく。
重くなった肩と足で教室に行くとまたもや緊迫した空気。
あれ? タイムリープ? 昨日の件ないなった?
「えーでも~昨日鮫島と~鷹山が仲良さそうに帰ってたじゃ~ん。優等生のふりしてやることやってんじゃん」
なにも考えてなさそうに思いついたことを噛み砕かずに口に出すのは長谷川未来。
そしてその前で睨む鮫島。
これが本当の既視感という奴か。朝から元気だなぁ。
俺はそれどころじゃないのに。
「近藤、なにがあった」
「昨日、鮫ちゃん送ってったでしょ? それを未来が見たんだってさ」
「それだけ?」
「話の種にはなると思いますよ。男っ気がなかった鮫島さんに男の影。更にその相手が同じ中学で同じく模試常連の鷹山さんだと言うのなら」
そんなんで話の種になるのか。
すごいなJK。
「いい加減にしてください。昨日は遅くなったので送ってもらっただけです。駅から私の自宅まで会話は一切ありませんでした」
「でも~この写真は誰が見ても見つめ合ってるじゃん?」
昨日の帰り道に見つめ合ったと言えば、鮫島に車を注意した時くらいだろうか。
そのあと無言で威圧されて怖かったけど。
時刻は八時二十分。三十分には雨宮先生が来るため十分で収拾しなければならない。
もとは俺が撒いた種。
このまま二人を戦わせても一生決着はつかないだろう。
煽る長谷川に乗らない鮫島。
とことん相性が悪い。
いや、案外組ませたらいいかもしれない。
サンドバックが必要だろうけど。
「その写真はそんな初々しいもんじゃないって」
俺が出ていけばしてやったりのにやけ顔。少しは隠せよ長谷川。
「えー絶対見つめ合ってるって。お似合いじゃん」
「嘉川はこの写真どう見える」
いきなりの振りに一瞬戸惑うが慣れているのかすぐに返答が帰って来た。
「写真を見る限り見つめ合ているようにしか……」
ま、写真だけならそう見えてもおかしくはない。
嘉川の加勢に「だっしょ~」とこれ見よがしにくっつくクイーン。
「少女漫画の読みすぎだ。俺と鮫島はそんな甘ーい関係じゃない」
甘いどころか割れて修復しかけていたものを昨日俺の手でバッキバキに割ったところだ。
ガムテでもいいから応急処置したいくらいに焦っている。
「盛大にミスをしてせめてものご機嫌取りで家まで送っている風景だ。実際は」
「えー見えない。マジでお似合いだって」
なぜそこまでして俺と鮫島をくっつけたがる。
嫌がらせにしては回りくどくダメージも少ないのに。
「いい加減にしてください」
痺れを切らせたような声が教室に響いた。
決して大きくない声なのに一番耳に届く。
「鮫島落ち着け」
「貴方は黙っていてください」
俺の静止を振り切って長谷川の前へ。
長谷川も長谷川で慣れているのか顎を上に上げて威圧の体勢。
嘉川に目線を送ってみても首を横に振られてしまった。
「どれだけワガママを言えば気が済むんですか? 私に恨みがあるのか彼に恨みがあるのか知りませんがこれ以上はやめてください」
「は? 先に喧嘩売ってきたのそっちじゃん? え、なに被害者面? やばぁ」
「私は加害者でも構いません、ですが彼は被害者です」
「俺?」
指を指され長谷川の視線が俺に向くが俺としては心当たりが全くない。
せいぜい臭い香水でムッと一瞬したかなくらい。
「私達の上履きが無くなったあの日、彼は足を滑らせた私の下敷きとなり大怪我をしています。背中全面に青痣が出来るほどの」
「はぁ? だから知らないって」
「私はこの学校の関係者の家系なので、監視カメラの映像を盗み見ることくらい造作もないんです。彼が言っていましたよね? 学校周辺には監視カメラがあると。映っていましたよ? しっかりと」
嘘つけ。あとあと見てみたら監視カメラを仕掛けられる場所なんて学校周辺に植わっている桜の木くらいじゃねぇか。
電線だって持って行かなきゃいけないのに監視カメラの設置は絶望的だろ。
「嘘つくなよ。バレんだよ」
「なぜ嘘だと? 私はこの目で見ました。昨日」
長谷川としてはジレンマだろうな。
すぐに嘘だって看破したということは長谷川自身はやっておらず、誰か他の人が脅されてやったのだろう。
自分が映っているはずがないのに映っていたと言われ嘘だと分かるが、嘘だと言ってしまったら黒幕を自供したようなもの。
鮫島が使う情報は、俺達の上履きを捨てた人物と監視カメラを見た鮫島彩音本人しか分からないからだ。
「知らない。ただの勘」
こうなれば逃げるしかないが、逃げられるほど鮫島の追跡は甘くない。
「なら謝罪を。監視カメラの証拠を否定出来ないなら私ではなく、彼に謝罪を」
「やだ。仮に、ウチが捨てたとしても転んだのはあんたのせいじゃん」
「上履きが隠されることが無ければ起きなかったことです」
「ちょっと鮫島いいか?」
「なんでしょう」
それまでだんまりだったキング、嘉川幸樹が前に出た。
「上履きの件ってことは二人に手渡したあの時だよな?」
「ええ」
「そんな風はなかったぞ? 普通に受け取って会話した。そんな階段から足滑らせたようには見えなかった」
「彼の妹さんから送られてきた写真があります」
桃が勝手に送ったやつだ。
消してなかったのか。てっきり消しているものだと。
「骨折しなかったのが不幸中の幸いでしたが痛々しい怪我です」
「今はもう完治してるけどな。湿布のおかげで」
誰が貼ったとかは言わない。
「未来は本当にやってないんだな?」
「うん! やってない!」
「鮫島、その映像を見せてもらうことはでき……ないよな?」
「はい。一応学校の機密情報ですし、私だって母の隙をみて盗み見るしか方法はないので」
「なら、どこに捨ててあったか教えてくれないか?」
嘉川の反撃に鮫島は一瞬止まった。
確かに拾った嘉川なら上履きの場所が分かってもおかしくはない。
嘘が下手な女王様だ。つきなれてないのがバレバレ。
「その映像なら俺も見たが正直同じような植え込みとフェンスが映っているだけだ。表示もカメラ1とかだし正直どこかってのは元々分かってないと辛いと思うぞ」
鮫島よ。嘘とはこう使うのだ。
そして反撃を許さない二段構え。
「そろそろ雨宮先生が来るからここまでだ。一応怪我人からコメントしておくと、背中の痣についてはもう完治してるし恨みもなにもない。俺の痣を理由に二人は争わないでくれ」
そして最後にもう一つ重要な迷惑行為を注意しなければ。
「それと長谷川。よく撮れてはいるが、盗撮は関心しないな。仮に男女でいたとしても盗撮は迷惑行為だ。俺が長谷川の写真を撮ったら騒ぐだろ?」
「別に? 呪われるわけじゃないし」
「……知ってるか? ネットの闇が深い部分でな写真の服が透けるってのがあるんだ。スマホで撮った写真を加工してくれる人に頼むと全裸で返ってくるんだぜ?」
俺の嘘を真に受けて「きもっ」ときちんと声に出してくれる。
勉強漬けでここ最近までネットの浅い部分でしか生きていなかった男が知るわけないだろ。
そんなもの。
「盗撮がいかに下劣で変態的な行為か分かっただろ。次からはやらないように」
長谷川と嘉川を黙らせは成功。
だが嘘を真に受けた純粋な人物がもう一人。
「近づかないでください。そんなことしてるんですか? 元々生きる価値がないと思っていましたが、もういっそのこと存在した記録事消えた方がいいんじゃないですか?」
嘘の威力を見誤るとこうなります。見本になれたでしょうか。




